弱みを見せない騎士令嬢は傭兵団長に甘やかされる

8.旅立ちの日

「1人で5匹も倒したなんて、イカれている」

 翌日以降、ヤーナックの町では、ミリアがギスターク5匹をたった1人で倒したということが噂となって広がり、警備隊以外の町民たちにも彼女の強さが広まってしまった。

「しかも、足の痛みがなけりゃ、きっともっと倒せていたって話だ」

 食事処でもどこでも、その話で持ちきりになり、ミリアはあちらこちらで「ほら、これおまけだよ」だとか「これも持って行ってくれ」などと物をおまけしてもらい、正直なところ心から困っていた。

 だが、更に良いこともあった。ミリアが戦った以外にも、警備隊が活躍してくれたことを人々は広めてくれて、そのおかげで彼らもまた町の人々から感謝をされた。これは良い機会ということで、ミリアは警備隊の指導から彼女の手を離し、以前からトップに選んでいた3人を代表にし、町長直下の部隊とした。

「ええ~、パンもらえなくなるのかよ」

 人々は残念そうに文句を言う。が、その代わり、町から補助金がそれぞれの家庭に出ることが決まったので、渋々了承をした。ミリアが「パンで釣られる時期は終わったでしょう」と言えば、人々は「パンの完成度もあがったしな! 最初に比べりゃ、だいぶ美味くなったもんだ」と返してみなで笑った。

 左足をスヴェンに治癒をしてもらって、それから3か月。ついに、ミリアはヤーナックを出ることになった。ミリアは。

「ヘルマ。これまでありがとう」

「いいえ、お嬢様、並びにレトレイド伯爵様には、本当によくしていただきました。こちらこそありがとうございます」

 旅立つ格好でミリアはヘルマと共に家を出て、馬を連れて歩く。だが、ヘルマは馬を連れていない。

「まあ、とはいえ、すぐにまた会えるのだけど」

「ヤーナックに来た時は戻って来てくださいね。宿屋に泊らないで。ヴィルマーさんからも離れて、是非わたしのところへ!」

 ヘルマはヤーナックにそのまま住み着いて、パンを焼いて店に出すことに決めた。家賃はいくらか支払うことになるが、それでもなんとかやっていける見込みだ。

 現在、ヤーナックにはパン屋などという店はない。それぞれの家庭で粉を捏ねて焼いているだけで、独り身の者や忙しい家庭ではパンを食べることが出来ない。せいぜい薄く伸ばして焼いたものを作るぐらいだ。

「上手くいくかわかりませんが、お嬢様に教えてもらった通り、忠実に作り続けます。それから、警備隊の方も!」

 彼女は警備隊のトップには立たなくなったが、鍛錬には参加をし続けると言う。

「まあ。わたしがあの家に泊るとなれば、クラウスさんがお困りでしょう」

「その時は、クラウスが宿屋に泊れば……」

「ええ~、では、いつここに帰ってくればいいんですか? 話がおかしいでしょう!」

 宿屋の前で、ミリアを待っていたクラウスが声をかける。その隣に立っているヴィルマーは「は? お前は宿屋だろ。なんでヘルマの家に泊れると思ってるんだ」と冷たく言い放つ。

「だって、別にまだ結婚も何もしてませんから!」

 そう言ってヘルマが拗ねるように唇を突き出す。ミリアがそれへ

「わたしを口実のように結婚を迫っているわけですね。なるほど」

と言うものだから、ヘルマは「ちっ、違います!」と大慌てだ。

 彼らは馬を連れて、ゆっくりとヤーナックの町から外へと向かった。既に他の
人々はヤーナックの外に出て待っていた。仲間たちと合流をしてから、改めてヴィルマーはミリアに言った。

「じゃあ、ミリア、よろしく」

「はい。足手まといにならないようについて行きますので」

「よく言う。なるわけがないだろう。左足も治ったし、なんといっても」

 はは、と笑うヴィルマー。

「ギスタークを1人で5匹も倒した女だ。頼りにしているぞ」

「はい」

 足が治ってから、ミリアはヴィルマーと共にサーレック辺境伯の領地を回り、辺境の地の現実を知りたいと申し出た。レトレイド伯爵領を継ぐのは彼女の兄と決まっていたし、レトレイド伯爵はこれまでの彼女の功績に免じてそれを許した。そして、サーレック辺境伯令息との婚約も。

「よし、行くぞ。次はジャーレイの町だ」

「はい!」

 人々は声をあげた。ミリアの隣にクラウスが並べば、ヴィルマーが「おい、そこは俺の場所だ」と怒り、人々が歓声をあげる。

「まったく、独占欲が強くてかないませんね……」

 そうクラウスが言えば、ミリアは

「本当ですね」

 と笑う。ヴィルマーは口をへの字にして「どうしてお前たちは案外相性がいいんだ?」と苦々しく言うものだから、一同はどっと笑った。

 サーレック辺境伯が代替わりをし、それと同時に美しく、そして腕っぷしが強い夫人を娶ることになるのは、それから2年後のこと。その頃にはサーレック辺境伯の領地は、領地を治めるための拠点がもう一つ作られる。その拠点はヤーナックの傍で、拠点の主はクラウスになり、彼もまた明るい妻を娶ることになるのは3年後のことだ。

 何にせよ、まだ彼らは未来の幸せを知らず、今の幸せを噛み締めるのみだった。





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