精霊の恋つがい

10話

〇雪柳家・本家・洋風庭園(昼間)

白いテーブルで紅茶を飲む璃々(りり)
長い金髪に翡翠色の瞳をしたすらりと背の高い女だ。
そばには執事の男、蓮華(れんげ)が立っている。
テーブルにはアフタヌーンティーセット。
璃々は足を組んでノートPCを見つめている。
送られてきた報告書を見て笑みを浮かべる璃々。

璃々「ふうん。千颯はガッコで問題起こしちゃったか」
璃々「はぁー、また協会にぐちぐち言われそうだわ」
璃々「もみ消すの大変なんだから、ほどほどにしてほしいわよね?」

わざと蓮華に目を向ける璃々。
真顔で淡々と話す蓮華。

蓮華「しかし璃々さまは楽しそうではないですか?」
璃々「楽しいわよー。千颯ってほんと、あたしに似てると思わない?」
蓮華「ええ、そっくりですね。中身はそのまま同じかと」

にやっと笑い、ふたたびPCに目を向ける璃々。

璃々「菜花ちゃんか。かわいいわねー」

資料に添付された菜花の写真画像を見てふふっと笑う璃々。

璃々「でも困ったわね。大手毬家との縁談、受けちゃってるのよねぇ」
璃々「長い付き合いだし、断ると面倒なことになりそうだわ」

はぁっとため息をつく璃々。

蓮華「千颯さまは拒絶するかと」
璃々「そんなことわかってるわよ。だから頭が痛いのよー」

頭を抱えてうつむく璃々。

璃々「雛菊家のくそじじいもぜったい何か言ってくるわよ」
蓮華「言葉遣いにお気をつけください」
璃々「さすがに本人の前で言わないわよ」

PC画面に映しだされる菜花の写真を見てふっとため息をもらす璃々。

璃々「さて、千颯。この問題をお前はどうするのかな?」
璃々「ママは心配だわぁ!」

フォークでマカロンを刺して口に放り込む璃々。

蓮華「楽しそうですね」
璃々「んっふふー」

満面の笑みで紅茶を飲む璃々。


〇学校・時計塔(昼)

咲良と数人の女子に詰め寄られる菜花。

菜花(大手毬ってたしか、葵生くんが言っていた精霊術協会で大きな力を持っている家門だよね)

不安げな表情で咲良を見つめる菜花。
冷静な目で菜花を見つめる咲良。

咲良「さっそくだけど、あなたは千颯にとっての何なの?」
菜花「えっと、友……」

友だちだと思っていたけど、その関係は変わった。

菜花「その……【つがい】です」

急に咲良の友人たちがざわめく。

先輩1「うそつくんじゃないわよ」
先輩2「あんた舐めてんの?」
菜花「そんなことありません。だけど……」

これは正直に言えば反感を買うかもしれない。
その空気をひしひしと感じる菜花。

咲良「千颯がそう言ったの?」
菜花「……はい。彼はわたしを守るために、そう言ってくれたんだと思います」

恋人ではなく、あくまで【つがい】の関係だということを主張する菜花。

菜花(あのキスは【つがい】だから。勘違いしちゃだめ)

ぎゅっと拳を握りしめる菜花。

咲良「なるほどねー」

急に笑顔で明るい声になる咲良。

咲良「だいたいわかったわ」
先輩1「え? 何が?」
先輩2「咲良、私たちにはさっぱり」
咲良「でしょうね。あなたたちは千颯とそれほど付き合いがないから。でも……」

菜花に向かってドヤ顔で語る咲良。

咲良「あたしは生まれたときから千颯のことを知っているの」
菜花「えっ……」

どきりとして目を見開く菜花。
ふっと笑みを浮かべる咲良。

咲良「だって、あたしは千颯の婚約者だもの」

驚愕のあまり絶句する菜花。
足が震え、頭が混乱している。

咲良「あなた、クラスでいじめられているんですって?」
菜花「……今は、大丈夫です。千颯くんが、助けてくれたので」
咲良「そう。千颯はやさしいものね。昔から弱っている小さな動物を助けるのが趣味だったもの」

どくどくと鼓動が鳴り響き、動揺する菜花。

咲良「あなたのことも動物を助けてあげる感覚だったのね」

何か言おうにも言葉が出てこない菜花。
すると、咲良がぐっと顔を近づけて菜花の目の前で笑みを浮かべる。

咲良「もうすぐ精霊術協会主催のパーティがあるの。千颯はそこで正式に【つがい】を発表するわ」

真っ青な顔で咲良を見つめる菜花。

咲良「あたしたちは両家が認める恋人同士。当然、あたしが選ばれるの。だから、あなたはそれまでの<つなぎ>なのよ」

菜花から顔を放す咲良。

咲良「しかもあなたは千颯の天敵である雛菊家の人間でしょ?」
菜花「え?」

驚いて目を見開く菜花に対し、眉をひそめる咲良。

咲良「まさか、あなた知らないの? 雪柳家と雛菊家は昔から因縁の中なのよ」

菜花(うそ……千颯くん、そんなことひとことも……)

狼狽える菜花を見て笑みを浮かべる咲良。

咲良「あなたが千颯のそばにいると、いろんな人に迷惑がかかるの」
咲良「千颯から離れなさい」

どきりとして冷や汗をかく菜花。

咲良「わかった?」

その問いに対し、なんとか冷静に答える菜花。

菜花「黙って離れるわけにはいきません。千颯くんに相談します」

それを聞いた咲良の友人たちが怒りの形相で突っかかる。

友人1「あんた、先輩に向かって生意気なこと言うんじゃないわよ!」
友人2「身のほど知らずが! だからいじめられるんだよ!」
友人3「この子に関わった千颯さんが気の毒だわ。これから協会で他の家門から責め立てられることになるのよ」

怒涛のごとく攻撃されて何も言い返せなくなる菜花。
咲良がクスっと笑う。

咲良「人に頼ることよりも、自分で道を切り開くの。あたしはそうやって努力してきたわ」
咲良「あなたは努力が足りないのよ。千颯に頼っていないで自立すべきだわ」

うつむいて唇を噛みしめる菜花。

友人1「さすが咲良だわ」
友人2「千颯さんには常識も品性もある咲良がお似合いよ」

菜花(たしかにわたしは千颯くんに助けられてばかり)
菜花(自分で何の努力もしていない)

拳を握りしめたまま、顔を上げて咲良を見つめる菜花。

菜花「わ、かりました……よく、考えてみます」

ふっと笑い菜花にくるりと背中を向けて立ち去ろうとする咲良。
しかし、わずかに振り返って最後に言い放つ。

咲良「あ、そうそう。あたし、千颯とは恋人同士の契りを交わしたわ」

どくんっと鼓動が大きく鳴る菜花。

咲良「あれは、そうね……去年だったかしら。一緒に旅行したのよね」
咲良「婚約者だもの。当然そうなるわよね」

どくどくどくと鼓動が鳴り響き、頭が真っ白になる菜花。

咲良「あなたにこんなことまで言うつもりなかったんだけど、もしキスでもしていたらそれはお遊びだから」
咲良「あたしは寛大だからそれくらい許してあげるわ」

友人1「咲良ってお人良しすぎるわ」
友人2「あたしだったら、よその女とキスなんてされたらその女を殺すわよ」

咲良 「雪柳家に嫁ぐならその程度で怯んだりしないわ」
友人1「さすが咲良。あなたしか雪柳家の嫁は務まらないわよ」

呆然自失状態で立ち尽くす菜花。
咲良とその友人たちが立ち去ったあと、ぺたりと床に座り込む。
ぼろぼろと涙を流す菜花。

菜花「ひっ……く……うっ……」

しゃくり上げながら泣き続ける菜花。

菜花(わかっていたのに……)
菜花(形だけの【つがい】だって千颯くんは言っていたのに)
菜花(千颯くんのやさしさを勘違いしてしまった)


〇使われていない教室(放課後)

誰もいない教室を訪れる菜花。
ここは使われておらず、誠人に命令されるたびに来ていた場所。
そして、千颯と再会した場所だ。

窓から夕暮れの空を見つめる菜花。
そしてスマホを取り出し、電話をかける。
すると、すぐに応答があった。

菜花「もしもし、お父さん?」


〇千颯の家・ダイニングルーム(夜)

食事をしている菜花と千颯、そしてハルとレンも一緒にいる。
うれしそうに豚汁を食べる千颯。
それを見て複雑な表情になる菜花。

千颯「ほんとにうまいなー。菜花のごはんは」
菜花「ありがとう」

ハルは菜花のとなりでにこにこしながら白飯を頬張る。
レンは千颯のとなりで千颯のおかずを狙っている。

箸を置いて話を切り出す菜花。

菜花「あの、千颯くん。相談があるんだけど」
千颯「うん、何?」
菜花「わたし、お父さんに会いにいっても、いいかな?」

少し驚いた顔をする千颯。
しかしすぐに彼はうなずく。

千颯「そうだったな。俺、自分のことばっかりでごめん。お父さんに会いたいよな?」

ぎゅっとスカートの裾を握りしめる菜花。

菜花「何日かお父さんと暮らしたいと思うんだけど」
千颯「そっか。里帰りってやつだ」
菜花「え?」
千颯「いいよ。お父さんには護衛もつけてるし、今のところ雛菊家の動きもないから大丈夫だろう」
菜花「ありがとう」

野菜炒めを食べながら残念そうな顔をする千颯。

千颯「ああ、でもしばらくは菜花のごはんが食べられないのは寂しいな」
菜花「ごめんね」

ずきりと胸が痛む菜花。

千颯「いや。俺も菜花を見習わないとな」
菜花「え?」
千颯「母親がたまには帰ってこいってうるさいんだよ。いい加減に子離れしろっての」
菜花「ふふっ、でも千颯くんはひとり暮らしだから、他の子たちより自立してると思うよ」
千颯「いつか菜花を紹介したいなー」

どきりとする菜花。
咲良のセリフを思い出す。

咲良『あなたは千颯の天敵である雛菊家の人間でしょ?』

レンと肉団子の取り合いをする千颯を見て複雑な気持ちを抱く菜花。

菜花(千颯くん、わたしに心配かけないように、あえて言わなかったんだね)


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