精霊の恋つがい

11話

〇千颯の家・縁側(夜)

風呂あがりにここを訪れるのが当たり前になっている菜花。
いつものように縁側に座って空を見ている千颯。
菜花の気配に気づいて話しかける千颯。

千颯「せっかく晴れてるのに今夜は新月なんだよな」

となりに座って空を見あげる菜花。

菜花「その代わり星がよく見えるね」
千颯「ああ、そうだな」

言いたいことがあるのに、なかなか話題を口にできない菜花。
千颯を見て、唇を引き結ぶ菜花。

千颯「なあ、菜花。今日何かあった?」
菜花「えっ……」

どきりとする菜花。
神妙な面持ちで菜花に目を向ける千颯。

千颯「菜花の元気がないような気がしたから」

ドキドキしながら答える菜花。

菜花「そんなことないよ。ちょっと考えごとをしていただけ」
千颯「何を考えていたの?」

微笑みながら問いかけてくる千颯。
ドキッとして頬を赤らめる菜花。

菜花「たいしたことじゃないの。葵生くんがいろいろ教えてくれて、わたしって本当に何も知らなかったんだなって」
千颯「恥じることはないよ。これから知っていけばいい。人生長いんだからさ」
菜花「う、ん……」

菜花をじっと見つめる千颯。
ドキドキしながら目を閉じる菜花。
するっと菜花の髪を撫でる千颯。

菜花(咲良さんにもこういうこと、してるのかな?)
菜花(婚約者だし、当然だよね)

胸が苦しくなり、千颯から顔を離す菜花。

千颯「大丈夫? 菜花、弱ってるみたいだけど」
菜花「え? そんなのわかるの?」
千颯「だって俺は菜花の【つがい】だから。菜花の体調も霊力の強さもぜんぶわかるよ」

菜花の手を握り、それから指を絡ませる千颯。
ドキドキしながらぎゅっと目を閉じてうつむく菜花。

菜花「こんなこと、してもいいのかな?」
千颯「え?」

驚いた顔で静止する千颯。

菜花「だって、千颯くんには婚約者がいるでしょ?」
千颯「その話、誰に聞いた?」
菜花「やっぱり本当なんだね」

菜花から離れて髪をくしゃっとかく千颯。

千颯「親が決めているだけだよ。俺は縁談に応じるつもりはない」

きっぱりとそう言い放つ千颯。

菜花「そういうわけにはいかないよね? 千颯くんは雪柳家の跡取りでしょ?」
菜花「精霊術協会のトップにいるおうちだし、もしわたしと一緒にいるところを知られたら他の家門の人たちからも反発されるよ」

はぁっとため息をつく千颯。

千颯「葵生は余計なことまでしゃべったんだな」
菜花「あとね、その……雪柳家と雛菊家のことも……」
千颯「それは話すなと言ったのに」
菜花「別の人から聞いたの。クラスのみんなは知っているみたいだったし」

菜花(本当は咲良さんにそのことを言われたあと、葵生くんに問いただしちゃったんだけど)

眉根を寄せて困惑の表情になる千颯。

千颯「気にしなくていいよ。家同士の因縁なんか俺たちに関係ないんだから」
菜花「次期当主の千颯くんが敵であるわたしと一緒にいたら、よく思われないよ」
千颯「敵じゃないって」

ため息まじりにぼやく千颯。
お互いに無言になる菜花と千颯。
菜花が話を切り出す。

菜花「ねえ、千颯くん。わたし、これから自分で頑張ってみるよ。いろいろ勉強して、そうしたら……」
千颯「そうしたら、俺はもう必要ない?」
菜花「えっ……」

髪をくしゃっとつかんだまま、鋭い目で菜花をじっと見つめる千颯。

千颯「いやだ。俺は菜花を放さない」

どくんっと胸の鼓動が高鳴る菜花。
千颯の手が伸びて、菜花の肩をつかむと、ぐいっと自分へ引き寄せる。

菜花「千颯く……」
千颯「菜花、俺を見て。俺のことだけ考えて」

顔を赤らめながら千颯をじっと見つめる菜花。
しかし、すぐに我に返り、目をそらす。

菜花「こんなの、だめだよ」
千颯「なんでだめなんだよ? 俺は菜花の【つがい】だろ?」

千颯の口調が強くなり、びくっと震えあがる菜花。

菜花「だ、って……婚約者が……」
千颯「俺の相手は俺が決める」

そう言って菜花に口づける千颯。
急なことで呼吸が止まりそうになる菜花。

菜花(だめ……千颯くん、こんなのだめだよ……冷静に、ならなきゃ……)

千颯の肩を押す菜花。
しかしびくともしない。
菜花の髪を撫でる千颯。
その指先が首筋まで下りてきて、その感触にぞくりとする菜花。

菜花「あっ……や、め……」

思いきり顔を背ける菜花。

千颯「いやなのか?」
菜花「いやって、いうか……」
千颯「俺は菜花ともっとしたい」

猛烈に顔が熱くなり、焦りだす菜花。

菜花「わたし……」

菜花(わたしも……わたしだって、千颯くんともっといっぱいしたい)

目を閉じて、千颯のキスを受け入れる菜花。
千颯はさらに強く菜花を抱きしめる。

菜花(こんな、恋人同士みたいなこと……うれしくて、幸せなのに……)

ふっと脳裏によぎる咲良のセリフ。

咲良『あたし、千颯とは恋人同士の契りを交わしたわ』

どきりとして顔が強張る菜花。

咲良『婚約者だもの。当然そうなるわよね』

千颯の肩をつかんで拒絶しようとする菜花。
しかし菜花をきつく抱いたまま放さない千颯。
動けない状態の中、咲良のセリフがどんどんよみがえる菜花。

咲良『もしキスでもしていたらそれはお遊びだから』

菜花 「いやあっ!」

思いきり手を振りあげて千颯を拒絶する菜花。
指先にガリッとした感触があり、千颯の顔に爪を立ててしまったことに気づく。

菜花「あ……ごめんなさい、千颯くん……」
千颯「いや、大丈夫」

自分の頬を触り、血が出ていることに気づく千颯。

菜花「血が……わたしの爪が当たって……」
千颯「気にしなくていい。俺こそ、悪かった」
菜花「え?」

ゆっくりと立ちあがる千颯。
そして、菜花に背を向ける。

千颯「疲れてるだろ? 早く寝ろよ」
菜花「うん……」

千颯が出ていったあと、しばらく呆然としている菜花。

菜花(誤解された……?)

その場にうずくまる菜花。

菜花(でも、これでいい。そもそもわたしは千颯くんに釣り合っていない)

その目から涙がこぼれ落ちる。

菜花「ごめんね、千颯くん……」


〇千颯の家・浴室(夜)

シャワーを浴びる千颯。
鏡の前で拳を立ててうつむく千颯。
シャワーの湯が千颯の頭に叩きつけられる。

千颯「くそっ……俺、何やってるんだ」
千颯「いやがる菜花に無理やり……」

必死に拒絶しようとする菜花を思いだす千颯。

千颯(あのとき、変なこと考えた)
千颯(抵抗する菜花を見て、もっとしてやりたいって)
千颯(もっと、めちゃくちゃに……)

髪をぐしゃぐしゃかきむしる千颯。

千颯「俺、サイテーだな」

しばらくそのままシャワーに当たり続ける千颯。


〇千颯の家・玄関(翌朝)

翌朝、荷物を持って玄関で靴を履く菜花。
虚ろな表情の千颯。
気まずい空気に黙る菜花。

しばらくの沈黙のあと、千颯に笑顔を向ける菜花。

菜花「じゃあ、いってきます」

千颯はハッとして菜花に顔を向ける。

千颯「帰って、くるよな?」
菜花「……うん」
千颯「そっか。よかった」

安堵のため息を洩らす千颯。

菜花「昨日はごめんなさい」
千颯「俺のほうこそ、ごめん」

お互いに謝ったあと、少しの沈黙。
そして満面の笑みを向ける菜花。

菜花「千颯くん、いつもありがとう」

照れくさそうに笑う千颯。
龍に変化したハルに乗って千颯の家から飛び立つ菜花。


〇千颯の家の外(朝)

ハルに乗った菜花が千颯の家から飛び立つ様子を見ていた雛菊家の使者ふたり。

使者1「菜花さまが雪柳家を出た」
使者2「追うぞ。連れ戻すチャンスは今しかない」

ふたりの使者が壁から屋根へ跳び、菜花を尾行する。
しかしすぐに黒く細長い影が現れ、邪魔をする。

使者1「な、なんだお前?」
使者2「まさか、邪霊か?」
使者1「<気>が違うだろ。これは精霊だ」

黒い影は龍の形に変化して使者たちに襲いかかる。
使者のひとりが龍の顔に呑み込まれそうになる。

使者2「ぎゃあああっ! 助けて!」
使者1「くそっ! 撤退だ!」

吞まれそうになった使者を仲間が助けて、ふたりは逃げ去る。


〇雛菊家の屋敷・縁側(昼間)

戻ってきた使者ふたりに向かって酒瓶を投げつける宗源。
ガチャーンッと派手な音がして瓶が地面に当たって割れる。
その衝撃でびくっと震える使者たち。

宗源「お前たちは出来損ないか!」

土下座したまま何度も頭を下げる使者たち。
憤怒して、足をダンダンッと床に蹴りつける宗源。

宗源「もういい。お前らなど何の役にも立たん。私が直接連れ戻す」

恐ろしい形相で使者たちを睨みつける宗源。

宗源「菜花、お前はこの雛菊家の跡継ぎだ。ぜったいに雪柳家にはやらんぞ!」


〇千颯の家・庭先(昼)

虚ろな表情で空を見あげる千颯。
しかし、すぐに神妙な面持ちになる。

千颯「雛菊家の使者がきたか。待ち伏せするとは……お前らは暇なのかよ」

目を閉じて<気>を読み取る千颯。

千颯(菜花は無事のようだ)

ふたたび目を開けて、空を仰ぐ千颯。

千颯(菜花、俺はあきらめない)
千颯(君を手に入れるためなら)
千颯(俺はなんでもする)

千颯の足もとでくねっと首を傾げるレン。
レンを見下ろし微笑む千颯。
くるくると千颯の足からのぼり、腕にまきつくレン。
宙を睨みつけながら低い声を洩らす千颯。

千颯「雛菊宗源。あんたに菜花はぜったい渡さない」


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