結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「……それじゃあ、エルザはなぜ俺に求婚を?」
 てっきり、エルザも俺に気持ちがあるのかと思っていた。さらに言うと――幼い日、俺がエルザへ贈った言葉を、覚えてくれていたのだとも。
 そうでないなら、最悪、エルザは昔俺に会っていたことすら覚えていない可能性もある。すべて俺の勝手な思い違いだったとしたら……考えるだけで、胸が張り裂けそうだ。あまりに辛い。もう執務も放棄して、しばらく旅に出たいほどに。
「もしかすると、お飾り妻になるつもりなのでは?」
「お飾り妻……」
そういえば、エルザ自身があのパーティーの夜、そんなことを言っていた。『私はお飾りで構わない』と。
 まさか、俺とベティーナが主人と使用人の身だから結婚できないことを見越して、エルザが表向きに妻になると言い出したのか?
「エルザは優しいから、私を助けようと思ってくれたのかしら……」
 申し訳なさそうにベティーナが呟く。
 心優しいエルザならやりかねない。だが、それらはすべて勘違いなのだ。俺はベティーナと結婚する気などまったくないのだから。
「ノア、入ってもいい?」
 すると、扉の向こうからアルベルトの声が聞こえた。
 こいつはきっと、俺の許可を待たずに遠慮なく扉を開けてくるだろう。しかし、俺は今無性にアルベルトに腹が立っている。
「今日の資料、全部チェック終わったから報告――って、ごめん。ふたりの時間をお邪魔しちゃった?」
 予想通り、アルベルトはへらへらと笑いながらお構いなく部屋へ突入してきた。
「ていうかふたり、向き合ってなにしてるの?」
「なにって……」
 傍から見ると、正面で向かい合って無言でいるだなんておかしな光景だろう。俺もなにをしているのかと問われると自分でもわからずに口ごもる。
「……! ああ、ごめん。野暮な質問しちゃって。男女が無言で向き合ってすることといえばひとつだよね。やっぱり邪魔したみたいだから出ていくよ。お幸せに!」
「おい待てアルベルト。お前も勘違いか?」
「え? どういうこと?」
 逃げるように部屋から出て行こうとするアルベルトの首根っこを掴み、中へ引きずり込む。
「エルザちゃんがお飾りとして妻になってくれたから、ふたりは今最高にハッピーなんだよね? もう隠さないでいいよ」
「……はぁ。やっぱり、お前も勘違いしていたのか」
 きょとんとするアルベルトに、俺とベティーナはやるせないため息をついた。こんなに身近な人にまで勘違いされているなんて、もはや噂を知らなかったのは俺たちくらいなものだろう。
「あ! そうそう。ついでにノアに相談があるんだけどさ」
 アルベルトは思い出したように言うと、にっこりとむかつくほど爽やかな絵顔を浮かべ、とんでもないことを口にする。
「僕、エルザちゃん狙ってもいい?」
「……は?」
 静かに、だけどたしかに、ぶちりと頭の血管の切れる音がした。
「今日さ、仕事の合間に挨拶に行ったら、思ったよりずっといい子で気にいっちゃった。家族のために頑張ってて、けなげで守りたくなるっていうか。どうせお飾り妻なんだから、僕が手を出しても問題ないよね?」
 アルベルト。こいつは昔から女たらしでチャラくてどうしようもなかったが、そこ以外は有能だった。女性関係に関しても、俺に迷惑がかからなければ好きにさせていた。
「……おい。お前はいちばん手を出したらいけない女性の名前を口にしたな」
「えっ? な、なんだよノア。どうした?」
 ただならぬ雰囲気を察したのか、アルベルトから余裕が消える。
 俺は右手に込めた魔力で衝撃波を発動させると、アルベルトの顔の横スレスレを通り過ぎ、見事に壁に穴を開けた。
「……っ!」
 アルベルトは驚きで目を見開き、その場にへたりと座り込む。
「エルザに手を出したら、今度はお前があの壁になるかもな」
 俺は屈んでアルベルトを睨みつけ、静かな口調で忠告した。
「お、落ち着けノア。つーかどうしたんだよ」
「ちょっとノア様! 周りに気付かれたら面倒なので、さっさと壁を戻してください!」
 アルベルトは両手を前に出し、俺を宥めてくる。そして後ろからは、ベティーナの面倒くさそうな声が聞こえた。
 破片がすべて残っていれば壁は綺麗に元に戻せるため、俺は自分で壊したばかりの壁をとりあえず先に魔法で修復する。
 ……勢い余ってやってしまった。
 でも、アルベルトにはこれくらいの懲らしめが必要だった。なぜならこいつの罪は、もうひとつある。
「アルベルト、お前、エルザの手にキスをしたらしいな?」
「えっ! な、なんて恐ろしいことを……」
 アルベルトより先に、ベティーナが俺の言葉に反応する。ベティーナはそのままアルベルトに小走りで近寄って「ご愁傷様です」と手を合わせた。
「したけど……あんなの、ちょっとした挨拶だろ?」
「いいや。れっきとした俺に対する宣戦布告。罪状では不敬罪に値する。ちなみに本来死刑だがとりあえず今回だけ見逃してやる。感謝しろ」
 親友でなければ、こんな甘い処罰にはならなかったかもしれない。
 吐き捨てるように言うと、アルベルトの困惑したハの字の眉が次第に吊り上がってくる。こいつ、まだ俺に反抗する気か。
「あのさノア。さっきから意味がわからないよ。君はエルザちゃんを嫌っていた――まではいかなくとも、あまり好いていなかったよね? それなのにどうして急にそんなに怒るんだ。まさか、妻になったから独占欲が湧いたのか?」
 アルベルトは肩をすくめて呆れたように言う。
「は? なにを言っている。俺がエルザを嫌いだって?」
 理解できず、今度は俺が困惑してしまった。同時に、あの夜エルザにも同じことを言われたことを思い出す。
< 15 / 54 >

この作品をシェア

pagetop