結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「す、すごい……なんて素晴らしい触り心地なの……!」
 部屋に用意されたテディベアも、ぬいぐるみの中では最上級といっていい手触りだったが、リックの毛はそれを軽く凌駕していく。
 動かすたびに、私の手が喜んでいるのがわかる。とてもふわふわで、雲に直接触れるとこんな感じなのかな、なんて考えてしまった。
 背中を優しく撫でると、今度は頭に移動する。リックの様子を窺いながら、速度を変えてみたり、力の入れ具合を変えてみたりと、いろんな撫で方を試してみた。思いっきりわしゃわしゃしたい気持ちもあるが、そんなことをしてこの至福のひと時を終了されたら困る。
【おお……いいぞエルザ。私は身体に触れられるのが苦手だったが、お前の手はとても温かく心地が良い】
「本当? よかった。もっとしていい?」
【ああ、頼む】
 気持ちよさそうにリックの目がとろんとして、今にも瞳を閉じそうになっている。さっきまでの高貴な雰囲気を全開にしていたリックのこんな姿が見られて、私はひそかににやにやしていた。
「ここもすごく気持ちいいわよ」
 私はリックを仰向けに寝かせると、お腹を両手で撫でた。
【なんと、初めての感覚……! エルザ、お前の撫で方は天才の技だ!】
 大袈裟だと笑いそうになるが、リックは至って真面目に言っているのだろう。こんなに素晴らしいもふもふの持ち主なのに、これまでお腹を撫でられたことがないなんて信じられない。まったく、ノア様はなにをしているのかしら。
 またリックが撫でてもらいたくなるように、今の内にやみつきにさせておかなきゃ……! ああでも、その前に一度このもふもふ全体を堪能するために抱きしめたい。
「リック、ねぇ、抱きしめてもいい?」
 私が聞くと、リックの耳がぴくりと反応する。
【そ、それは……ノアに悪い……】
「どうして? リックが相手なら大丈夫よ。それに、この部屋には私たちしかいないんだから」
 なぜかノア様の存在を気にするリックを、私は説得する。
【……わかった】
 リックはノア様がいないことを改めて確認すると、おずおずと私のほうを見た。それを抱きしめてもいい合図と受け取った私は、大きな身体をしたリックを思い切り抱きしめる。もちろん、苦しくない程度に。
 顔に、胸に、お腹に、太ももに、リックのもふもふの感触がする。もふもふに全身を包まれている錯覚に陥って、喜びの吐息が漏れる。
 それに、リックの身体はいい香りがする。森の香りのような、自然いっぱいの香りは、おもわず顔を埋めてしまいそうになったその時。
「……エルザ、なにしてるんだ?」
 頭上から、聞きなれた声がして振り返る。すると、そこには仕事を終えたであろうノア様が立っていた。
「ノア様、お疲れ様です!」
「あ、ああ。待たせてすまない。それより、こんな短時間でリックを飼いならすなんてすごいな」
 驚いた顔で、ノア様は私たちを見つめている。
「リック、とーってもいい子ですね。もふもふ具合も最高ですっ」
「……俺が撫でようとするとものすごく警戒するのに、エルザには許すのか。リック」
【……!】
 嫉妬したような眼差しを向けて、ノア様は呟いた。
 ノア様、リックを撫でたことなかったんだ! それなのに私が簡単に撫でちゃったから拗ねているのね……。
 すると、リックが急に私の腕から抜け出して、そのままダッシュで部屋を出て行った。
「あ、リック……!」
 手を伸ばすものの、既にリックの姿はない。凄まじいスピードだ。
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