結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「心配ない。あいつは時折、ああやって城の中を自由に散歩しているんだ」
「そうなのですね」
 どちらかというと、逃げているようにも見えたけど……。
「さてと。それで、話っていうのは? 気になって、急いで仕事を終わらせてきたんだ」
 私はノア様に促され、ソファに隣同士で座る。広いソファなのに、ノア様がやたらと近いような。
 少し話しづらさを感じつつも、ノア様が私との会話を待ち望むようにしているため、今朝ベティから聞いた学費の件を話すことにした。
「ノア様が、私の二年分の学費を払ってくださったと聞きました。そのお礼を言いたくて」
「……誰に聞いたんだ?」
「ええっと……風の噂と言いますか……」
「……ベティーナだな。あいつ、内緒にしろと言ったのに。本当に主人の言うことを聞かない侍女だな」
 ノア様は呆れた物言いで、頭の後ろで両手を組むと、ソファの背もたれにもたれかかる。まずいと思った私は、すかさずベティのフォローに入った。
「違うんですノア様。ベティは私に、ノア様の想いを伝えてくれただけで……ベティにも口止めされていたのに、私が勝手にノア様に話したんです。つまり、私も同罪です。どうかベティを罰さないでください!」
 せっかくまた仲良くなって、これから一緒に楽しく過ごせる日が待っているのだ。なんとしてでも、ベティが罰を受けることだけは避けないと。
「落ち着いてくれエルザ。わかっている。あいつなりに、俺のフォローをしたつもりなんだろう。罰するつもりなどない」
「……よかった」
 ノア様に宥められ、私は安堵する。そんな私を見て、ノア様は私の隣でくすりと笑いをこぼした。
「慌てる君の顔、かわいかった」
 背もたれから背を話し、今度は前のめり気味に頬杖をつきながら、私の顔を覗き込んでそう言った。ノア様の瞳からは、たのしげな様子が伝わってくる。でも僅かに照れくささも残っていそうな笑みを見て、私は学生時代とのギャップにドキッとしてしまう。
 いけない。お礼を言わないと。
「ノア様、ありがとうございます。私を学園に通わせてくれて。心から感謝しております。でも、なぜ教えてくださらなかったのですか? 両親にも匿名で援助をしたようですし……」
「突然王家から援助を受ければ、ひどく驚かせてしまうだろう。それに、援助をもらって通っているという事実をエルザに知らせたくなかった。そうすれば、君は俺に無意識に気を遣い続ける。なにも考えず、自然体の学園に通って、俺に接してほしかった。つまり……ただの俺のわがままってことだ」
「そんな! わがままだなんてとんでもないです! ……全部、ノア様なりに私や伯爵家のことを考えてのことだったんですね」
 理由を聞けてよかった。ひとりでじーんと、ノア様の優しさを噛みしめる。でも、ノア様は私がいくら感謝を伝えても浮かない顔をしていた。
「……いいや、でも、俺はもっと君を、レーヴェ伯爵家を気にかけるべきだったな」
「? じゅうぶん、気にかけてくださったと思いますが」
「そんなことはない。俺は、学費を援助する際にレーヴェ伯爵に言われた言葉を鵜呑みしてしまった。〝学費さえ払えれば、ほかはなにも問題ない。経営難だった領地も順調に回復している〟と。君の父親は、何度使者を送っても大丈夫としか言わなかった。周囲にも、没落の危機にあることをずっと黙っていたらしい」
 ――お父様、そんなふうに伝えていたのね。優しいお父様らしいわ。
 多分、伯爵家がたいへんだと世間に知れ渡れば、私とアルノーにも大きな影響を与えると考えたのだろう。貴族のほとんどは、財産や身分で人を見るから。
 加えて学費を払うなんて大層な援助をしてもらった相手に、これ以上の心配をかけたくなかったのだろう。欲深い人だったらきっとすべてを吐き出して、援助者の優しさにつけ込み援助をもらい続けようとするはず。
 ある意味、お父様のそういった優しすぎる性格が、うまくいかなかった原因にも繋がっているのかもしれない。それでも、私はそんなお父様を尊敬するけれど。伯爵家の当主を継ぐには、人にも、世間にもあまりに甘すぎた。もちろん今回のことで本人もそれを実感したと思う。
「だから、まさか卒業時にあそこまでギリギリの状態だったなんて知らなかった。俺がもっと調べていればよかったんだ。……君は学園で楽しそうに過ごしていたから、平気だと思い込んで……未だに後悔してる」
 自分のことではないのに、ノア様が苦しそうな顔をしている。私もそれを見て胸が締め付けられる思いと同時に、どこか嬉しかった。ノア様は、それほどまでに私を気にかけてくれていたのかと。ただの同情だったとしても、簡単にできることではない。
「ノア様、自分を責めないでください。ノア様は私との結婚が決まってすぐに、レーヴェ伯爵家を助けてくれました」
「当たり前だ。君の大切な人は、俺にとっても大切な人なのだから」
 ただの政略結婚と思っていた……のに。ノア様は真剣に、私の家族のことを考えてくれていたんだ。
 思い返せば、これまでの結婚でそういう人はいなかった。みんな、お金さえ払えばいいんだろうって態度で……。
でも、優しい感情を持ち合わせていない人とのほうが、結婚を決めやすかったのだ。みんな、己の欲望をすぐに叶えたいことに必死だったから。私が家族を今すぐ助けたいと思うように。そのため俗にいうお金持ちだけど難ありの令息とばかり、婚活していたことを思い出す。大体今思うと――これまでの人たちと結婚したとして、こんな平穏な日々を過ごせていたのか疑問だ。
「ノア様、ありがとうございます。私、ノア様と結婚してよかった」
 いろんな思いがこみ上げて、気づけば自然とそんなことを言っていた。言い終わってすぐ、私はそのノア様に結婚を阻まれてきたことを思い出し、自分を殺した相手になにを言ってるんだとはっとする。
「ああ……俺も、君が俺を選んでくれて、心から幸せだ」
 だが、私のいろいろと矛盾している不意に出た言葉に心底喜んでくれているノア様を見ると、もうなんでもいいやとさえ思えてきた。今世のノア様は、私を殺した男ではない。それをきちんと理解しておかないと。
 学費の話や態度を見て、とりあえずノア様が私を嫌っていたというのは勘違いだったとわかったが……なぜノア様が私を殺したのかだけは、未だにまったくわからない。私を好いてくれていたとしたら、根本的にその好きな人を殺すなんてありえないからだ。
……一緒に過ごせば、自ずと答えは出るのだろうか。
「あの、私になにかできることはありませんか? お礼がしたいんです」
 いつまでもひとりで考え事をしているわけにもいかず、私は上半身をノア様の方へ向ける。
「私にできることなら、なんなりとお申し付けください!」
「……エルザにしてほしいこと。そう言われても……」
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