結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「それにもう大丈夫だ。俺はエルザにもエルザの大事な家族にも、絶対に危害は加えない。たしかにこれまでのエルザの相手は俺も頭を抱えるほどろくでもなかったが……」
「ノア様までやめてくださいーっ!」
なんだか、不幸のいちばんの原因は婚活を急ぎすぎた私にあった気がしてきた。
【ノアもじゅうぶん危険な男だがな。エルザに危害は加えずとも、世界には平気で加えるようなやつだ】
「そんな俺に力を貸したのはお前だろう。セドリック」
【……正直、私は人間を……いや、お前をなめていた。好きな人を殺す辛さ、焼けつくような痛み。そんなことを繰り返せる人間などいないと思っていたんだ】
 だけどリックの予想と反し、ノア様は何度も何度もループを繰り返した。
【すぐにノアが諦めて、私は解放されると思っていたのに……読みが甘かった】
「残念だったな」
 勝ち誇ったように鼻で笑うノア様に、セドリックは苦笑する。
「そういえば、ノア様が記憶を取り戻せたのはリックのおかげで?」
【私というよりピアニーだな。そもそもノアはエルザの近くで過ごしエルザに触れることで触発され、記憶を僅かに取り戻しかけていた。そこにはピアニーの得意な夢魔法と私の時魔法をかけて、前世の完全再現が成功したというわけだ。ループは終わったが……ノアの記憶を呼び起こさなければ、私は解放されないと気づいてな】
「それで、リックは解放されるの?」
 私が聞くと、リックが視線をノア様に向ける。
【それはこれから、ノアが確認してくれる】
「ノア様が?」
 ノア様がループを諦めなかった場合のリックの解放条件は、ノア様の願いが叶えられること。私はノア様の願いを知らないが、そんなに難しい願い事なのだろうか。
「はあ。もう待てないってことだな。わかった」
ノア様は私の肩を掴んで自分のほうへ向かせると、緊張した面持ちで口を開いた。
「エルザ、俺は……君を一生幸せにする自信がある」
「……は、はい」
 急に愛の告白をされ、驚くと同時に恥ずかしい。
「君は俺といて、幸せになれるだろうか」
 きっと、ノア様が私を殺した理由がわからないままだったら、自信を持ってこの質問には頷けなかった。だけどすべてを知った今、私には確実な気持ちが生まれている。
「……はい。だって、ノア様が幸せにしてくれるんでしょう?」
 ノア様がいて、リックがいて。この瞬間すらも愛おしく、幸せだと感じている。
 私が答えた瞬間、そばで縮こまっていたリックの身体に異変が起きる。突然ムクムクと大きくなり、天井につくほどの高さにまで成長すると、もう大型犬とは言い表せないほどの立派な獣姿へ変身した。……この姿、噴水に飾られている銅像と同じだわ!
【おお! 庭の外でも本来の姿に戻れた! 契約は果たされた。これで庭に戻れる!】
 身体が大きくなったせいでこれまでみたいに部屋を駆け回ることはできないは、リックはその場で小さくステップを踏み喜んでいる。見た目は猛獣なのに相変わらずのあいくるしさだ。毛のもふもふ具合も進化している。
「よかったわね! リック!」
私はどさくさに紛れてリックに抱き着き、全身をリックのもふもふに押し付けた。なんという毛足の柔らかさ。ふんわりとした毛の海に浸かっているような感覚にうっとりして目を閉じる。
【私が長い時間庭を離れたせいで、庭全体のパワーが相当弱まっていたが、なんとか間に合った。今後は精霊たちもまた自由に空を飛び回れることだろう】
 ピアニー含む精霊たちに行動制限がかかっていたのは、主であるリックが不在だったのが大きな要因だったらしい。王家の人間がいると移動できたのは、王家の人間が持つ魔力を近くでこっそり吸い取れるからだと教えてくれた。今後はそういった不便さもなくなっていくという。
「リックにもピアニーにもまた会えるのよね?」
 未だリックの身体に触れたまま、顔を上げて上目遣いで問いかける。
【もちろん。いつでも庭に来てくれ。それに、エルザの手技は忘れられないからな】
「嬉しい! 私もリックのもふもふがない生活なんて考えられないっ!」
「エルザ、リックは男だぞ。夫の前でそこまで密着するのはよくないと思うが」
 リックに抱き着いたまま頬をすりすりさせていると、見かねたノア様が私にやめるよう嗜めてくる。名残惜しいが、ノア様の嫉妬心が爆発する前にやめておこう……。
【では私は帰る――と言いたいところだが、その前にひとつ、エルザに渡すものがある】
「私に?」
 なんだろう。あまりに私がリックのもふもふを気に入ってるから……抜け毛の塊とか?
【エルザ、そこでじっとしていてくれ】
 言われるがまま、私はリックのお腹辺りに立って停止する。
 すると頭上から虹色の光の粒が降ってきて、私の全身を包み込んだ。
【お前に聖女の力を与えた】
「へぇ。聖女の力――って、せ、聖女!? 私が!?」
【ああ。お前はその器がある。何度も窮地に立たされその記憶を引き継いでなお、お前の心は真っ白だ。それにエルザが聖女になれば……万が一今世でノアが魔力を暴走させた場合、聖女の神聖力で対抗できるかもしれない】
「む、無理よ。だって世界ごと滅ぼす暴走だったんでしょう? リックでも止められないものを、いくら私が聖女になったからって止められるわけが……」
【いいや。ノアの唯一の弱点はエルザだ。まぁ、それは念のためだから気にするな】
 リックは聖女というのはそれを持つ人間自身によって発揮する力の大きさが変わることも教えてくれた。今後の私の成長が楽しみだと笑うリックに、私はさらび疑問をぶつける。
「でも私、世界に対して大きな貢献もできていないのに……」
 むしろ、私の死で世界を破壊しそうになった。そんな私がいくら神様の厚意とはいえ、聖女になどなっていいのか。
【たしかに崩壊のきっかけはエルザではあるが……崩壊を救えたのもまた、エルザだろう。エルザが記憶を引き継ぐなんていう奇跡を起こさなければ、私の力はノアのループを手伝うことでどんどん消耗していき、いつか朽ち果てていた。神様のいなくなった世界など、どちらにせよいずれ崩壊していたんだ】
 だから私は世界の救世主でもあるのだと、リックは言う。……家族の幸せと、ノア様とベティの幸せを願ってした行動が、いつの間にか世界を救っていたとは驚きだ。
【なによりエルザが聖女になってくれれば、庭の管理を担当することになる。そうしたら必然的に毎週会えるだろう。ピアニーも喜ぶ】
「わあ。それは嬉しいわ。ノア様にいろいろと教えてもらわないと!」
 まだ聖女になった自覚はないが、私の身体の内側には、リックからもらった神聖力が流れているのだろう。
「リック、それが狙いだな。神様のくせに私情で聖女選びをするとは……」
【私が解放されたのはエルザのおかげだ。そのお礼もかねてだ。それに、ノアにとってもこれはいいことだ。いずれわかる】
「……?」
 含みのある物言いに私とノア様は顔を見合わせる。
【では、私は庭へ戻る。またな】
 ピアニーが庭へ強制送還された時のように、今度はリックの身体が次第に透明化していく。
「ええ。またね、リック!」
「じゃあな。……セドリック、ありがとう。俺に最後まで付き合ってくれて」
 ノア様が最後の最後にお礼を伝えると、リックはふっと笑って消えた。
「……行っちゃった」
「どうせすぐに会える。それより朝になったらすぐにでも、エルザが聖女に選ばれたことを報告しないとだな」
「私、本当に聖女になったんでしょうか」
 魔法もなにひとつ使えなかった私が、特別な力を授かったなんて変な気分だ。しかも聖女だなんて、普通の魔法使いよりもずっと特別な存在。
「セドリックが言ったのだから、なっているだろう。そうだ。一度世間に公開する前に一緒に庭へ行こうか。そこで力を試してみればいい。俺が教えてあげよう」
「助かります。ありがとうございますノア様」
 もとはと言えば私が騙され、殺されたことが原因でノア様は暴走してしまった。庭へ多大な迷惑をかけてしまった私だけれど、せっかくリックが私に力をくれたのだから、今度は聖女の力でノア様と一緒に、リックや精霊たちを守っていけたらいいな。
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