結婚前夜に殺されて人生8回目、今世は王太子の執着溺愛ルートに入りました!?~没落回避したいドン底令嬢が最愛妃になるまで~
「……もう2時だ。そろそろ眠いだろう」
 ノア様に言われて、今が夜中だと思い出す。
「本当はこのまま一緒にいたいけど、俺は部屋に戻る。……一緒にいたいけど」
 ノア様は帰りたくない雰囲気を全身から醸し出し、言葉でもそれが漏れ出ている。なんと答えたらよいかわからず黙っていると、ノア様は私の頭を優しく撫でて小さく笑う。
「おやすみエルザ。……愛してる」
 囁くような声なのに、やけに甘く耳に響く。
「……あ」
 そのままノア様の顔が近づいて、私が小さく声を上げた後、唇が重なり目を閉じる。心地よい刺激が脳を痺れさせ、なんだか溶けてしまいそう。
 キスが終わると、ノア様は照れくさそうに顔を赤らめて、私をぎゅっと抱きしめた。そして再度耳元で「今度こそおやすみ」と呟くと、額に軽くキスを落として私の部屋から出ていこうとする。
 私はそんな彼の背中を見ていると、いつの間にか足が勝手に動いた。そして、気づけばノア様の服の袖を掴んでいた。
「……エルザ?」
 驚いた顔でノア様がこちらを振り向く。
「あの……部屋に戻っても、もうリックはいないでしょう?」
「え? あ、ああ。そうだな」
「そうなると、ノア様が寂しいかなって。だから……」
 私はなにをして、なにを言っているのだろう。引き留めた時点で、私の気持ちはひとつだったのに。いまさらなにを誤魔化すことがあるというの。
「今夜は、一緒にいませんか……?」
 袖を握る手ににきゅっと力が入る。言ってしまった。でも、あのままノア様が帰るのは寂しいと思ったのだ。
 すべてをわかりあえたからこそ……今日はこのまま、夜が明けるまで一緒にいてほしい。
「……君はどこまで俺の心をかき乱せば気が済むんだ。せっかくおとなしく戻ろうと思ったのに」
 ノア様はなにやらボソボソと呟くと、こちらに向き直して私を見つめた。するとそのまま私をお姫様抱っこで持ち上げる。
「きゃっ!」
 ベッドまで運ばれてそこに優しく降ろされると、ノア様も私の隣に横たわった。いつもひとりとテディベア一体で寝ているベッドにもうひとりぶんの体重が加えられ、ベッドがぎしりと音を立てて軋む。
「エルザが言ったんだ。お言葉に甘えて、俺はここで寝かせてもらう」
「……は、はい。でも、思ったより緊張しますね」
 自分から誘っておいて、ノア様が隣にいると思うと心臓バクバクでとても冷静ではいられない。
「私、いつもこの子をこうやって後ろから抱きしめて寝てるんです! そうじゃないと眠れなくて!」
 私はノア様とは逆の壁際に寝かせているテディベアを抱きしめて、ノア様に背を向ける形をとる。ノア様が嫌というわけでは決してない。むしろ意識しすぎているからまずいのだ。
「じゃあ、俺はエルザを抱き枕にしようかな」
「えっ!?」
「俺もこうしないと眠れないんだ」
 ノア様はそう言うと、私がテディベアにしてるみたいに私を後ろから抱きしめる。
 ……ノア様も抱き枕が必須な人なの?
 それなら仕方ない。覚悟を決めよう。私はおとなしくノア様に抱きしめられていると、急に首の後ろにくすぐったい感覚がして身をよじる。
「……エルザの髪、いい香りがする」
 やたらと色気のある声で囁くと、私の長い髪をかき分けてノア様の唇がまた首元に寄せられた。くすぐったさの正体がキスだと気づき、私はぞくぞくとした感覚に身体を引っ込めようとするもノア様の腕がそれを許してくれない。
「だ、だめ。ノア様……」
 一緒にいようとは言ったけど、こんな大人な雰囲気になるなんて聞いてない!
 なんとかノア様を制止しようとすると、急にくすぐったさがやみ、代わりに規則正しい寝息が聞こえてきた。
「……ノア様?」
 首だけ動かしてノア様のほうを見ると、長い睫毛を見せつけながら、ノア様は瞼を閉じて眠りについている。
 その寝顔はとても安らかで、私はおもわず笑みがこぼれた。
「おやすみなさい。ノア様。……私もあなたが好きです」
 いつの間にか膨らんだ想いをこんな場面で言うのはずるいと思うけれど、今だけは許してくださいね。
 ノア様の寝息に誘われるように、私にも眠気が襲い掛かり目を閉じる。
 次に目覚めた時にはきっと、なにげない幸せが詰まった未来が待っていることだろう。



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