新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜
「上手く言えないんですけど……私は、 高橋さんの出された結論に納得しています」
そう……。
確かに、 言いたい事、 聞きたい事は山ほどあった。 でも、 今ここで話したところで、 高橋さんを困らせるだけだと思えた。 
これ以上、 説明したところで、 それは何も知らない人にとっては、 そのどれもが虚構に聞こえてしまうかもしれない。 高橋さんと、 私の中にだけ共通するもの。 第三者には、 決してわからない。 2人だけの言葉……希望。
私は、 それを胸に秘めながら、 もっともっと成長していかなければ。 その先に、 どんな未来が待ち受けているかもわからないけれど……。
帰り通。 
1人で帰れると言った私に、 珍しく高橋さんが電車で帰ろうと言った。 タクシーだとすぐ着いてしまうけれど、 高橋さんには申し訳ないが、 電車だと駅から徒歩で帰る分、 一緒にいられるからその分嬉しかった。
肩を並べて歩きながら、 ふと高橋さんのジャケットの襟元にゴミが付いているのが見えた。
「あの……ちょっと、 ジッとしていてくれますか?」
「ん?」
高橋さんは小首を傾げながら、 立ち止まって私の言うとおりにジッとしていてくれた。
身長差がある分、 背伸びをしないと高橋さんの襟元に手が届かない。
濃紺のストライプのワイシャツ。 これも大好きだった。 高橋さんに、 良く似合っている。 
取れたゴミを笑いながら見せ、 高橋さんを見上げた。
「はい。 取れました」
「Thank You!」
えっ?
高橋さんが急に私を引き寄せ、 歩道の真ん中でキスをした。
唇が離れると、 必ず決まっていつも少しだけ甘い余韻を残す、 高橋さんのキス。
歩道の真ん中で……。
思わず、 恥ずかしくなって俯くと、 そんな私を高橋さんがもう一度抱きしめ、 私の耳元に頬を寄せた。
「アメリカに、 行く事になった」
無言で何度も頷きながら、 深呼吸をした。
「いってらっしゃい」
精一杯、 明るく言ったつもりだった。 でも、 そんな私を先ほどよりも強く高橋さんが、 抱きしめた。
上手く、 伝えられなかったのかな?
高橋さんがアメリカに行ってしまう事が、 ついに現実になってしまった。
そんな、 月曜日の夜だった。






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