新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜

内示

そして、 運命の月曜日。
出向者、 内示の日。
ここで怯んではいけないと思い、 気持ちを強く持って会社へ向かった。
夢であって欲しいと、 何度も昨夜は目が覚めて、 あまりよく眠れなかった。 高橋さんは、 ちゃんと眠れたのかな? 
もう、 いつ頃からだったんだろう? 頭の上からつま先まで、 私の心中はすべて高橋さんに埋め尽くされている事に、 今更ながらこの週末に気づいてしまった。
不安しかない、 10月からの自分。 どうなってしまうのか? 遠距離恋愛なんて、 想像したこともなかった。 でも、 先の事は分からない……極力考えないようにして、 今を……この今という時間を大切にすることを心掛けよう。
気持ちを引き締めて事務所に入ると、 つい息をのんでしまう。 
いつものように、 高橋さんが席についていて、 此処にいますオーラが全開に出ている。
ああ……この光景も……あっ……いけない! いけない!
首を横に振りながら、 会計の席へと向かう。
だが、 そんな大事な内示の日。 思いがけない光景が私を待っていた。
「おはようございます」
「ああ。 矢島さん。 おはよう!」
中原さんは、 下を向いて何か書類を見ていた。 おかしいな。 いつもなら、 顔をあげてくれるのに……忙しいのかな? そんな事を思いながら、 高橋さんの席の後ろを通る。
「おはようございます」
「おはよう」
いつもと変わらない挨拶……だけど、 これからの日々は、 その挨拶でさえ貴重なものとなっていく。 毎日を大切に、 心掛けていかないと。
バッグを引き出しにしまい、 金曜日に残しておいた書類を出して、 机の上に置きながら、 ふと何気なく中原さんを見た。
エッ……嘘……。
「中原さん! どうしたんですか? そのアザ」
「えっ?」
思わず中原さんに声を掛けながら、 高橋さんの顔を見た。 すると、 高橋さんは一瞬顔をあげて私と視線を交わしたが、 また直ぐに書類に視線を落とした。
高橋さんは、 知っているんだ。 きっと私が来る前に、 中原さんと話しをしたのかな?
椅子から立ち上がって、 席についている中原さんの横に立った。 中原さんもわかっているようで、 立っている私を見た。
「大丈夫ですか? 目の下の辺り酷いですけど……どうしたんですか? 病院には、 行かれたんですか?」
小声で質問攻めにしながら、 近くでよく見ると、 少し目も充血しているように見える。
「大したことないから。 ちょっと、 彼女に殴られちゃってさ」
「ええっ?」
思わず、 大きな声が出てしまった。
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