新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜
それと、 山本さんの中原さんに用事って何なんだろう? 何気なく中原さんに視線を移すと、 何事もなかったように書類をファイリングしながら項目チェックをしている。
色々な思いが交錯したまま、 退社時間を迎えた。
金曜日と同じお店で、 同じメンバーでまた飲みに来ている。
でも、 金曜日と違う事……それは、 高橋さんがもう直ぐ居なくなってしまうかもしれないという事と、 中原さんが彼女と別れてしまったという事。 しかし、 中原さんが彼女と別れた理由は、 あまりにも私には信じられないことだった。
「ずっと、 決算で忙しかったから……会えなかったんですよね」
「そんなの男も女も仕事なんだから、 社会人として働いている以上、 当たり前じゃない」
山本さんが、 横やりを入れている。
「それで、 俺……見ちゃったんですよ。 彼女が他の男と会っているところを……」
嘘……。
思わず、 隣りに座っている高橋さんの顔を見た。 しかし、 高橋さんは表情ひとつ変えずに、 生ビールを飲んでいる。
「本人に確かめたんですけど、 人違いだって言われて」
「また、 随分したたかな女ね」
「かおり」
山本さんのひと言に、 高橋さんがたしなめるように名前を呼んだ。
「それから、 あまり会う機会もだんだん減っていって、 それで金曜日に……」
金曜日? 中原さん。 どうしたの?
「山本さんと一緒にいる時、 彼女が別の男と一緒に歩いてきたところに遭遇しちゃったんです」
そ、 それって、 修羅場?
「それで、 やっぱりそういう事だったんだって俺が言ったら、 彼女も山本さんが女性だと思っていて……。 でも、 ちゃんと山本さんはカミングアウトしてくれたんですけど……」
そこまで言って中原さんが言葉に詰まっていると、 山本さんが代わりに話し出した。
「そうしたらさ! 中原は、 本当はそっち系だったのね! とか女が言い出したのよ。 それで、 それは違うって言ったんだけど、 信じなくてあの女! 別れ際に、 いきなり思いっきり中原の顔を殴ったのよ。 今、 思い出しても腹立つわぁ」
そんな……。
< 140 / 159 >

この作品をシェア

pagetop