新そよ風に乗って ⑧ 〜慕情〜
高橋さんが、 ボールペンを左手で廻しながら、 坂本さんが机の上に置いた紙を指した。
「今回の件に関して、 俺の意向が入っているのは事実だ」
「どうしてですか? 何でなんですか!」
坂本さんの声が、 一段と大きくなった。
「坂本は、 内示の意味を知っているか?」
「内示の意味ですか? それは、 異動が伴う事もある会社からの人事の発表ですよね」
坂本さんは、高橋さんに同意を求めるような応え方をした。
「内示は、 あくまで内輪に示す事であって、 公になるのは発令されてからになる」
「……」
「まあ、 確かに内示を受ければ、 自動的にイコール異動通知と捉えやすい。 しかし、これはあくまでもさっきも言ったように内輪の話であって、 発令されなければいつでも取り消すことの出来る効力をも兼ね備えているのも事実。 我が社の場合、 その規定が労働協約上、 きちんと規約されているので、 あとで確かめてみればいい」
「だからと言って、 いきなりどうしてこんな人事をされたんだか、 納得できません。 だいたい、 高橋さんにそんな権限はないでしょう? だとしたら、 やっぱり社長に打診して、 忖度されたのも高橋さんの差し金じゃないんですか?」
坂本さんは、 敵意剥き出しで高橋さんに食って掛かっている。
差し金って……随分、 酷い言い方だ。
「これは、 会計の一前任者としてではなく、 我が社における公認会計士の立場から鑑みて、 社長へ助言したつもりだ」
「はっ? そんな権限が、 どうして……」
高橋さんが、 机の上に置かれた紙を指していたボールペンのノックを押し、 傍にあったメモ用紙を坂本さんの机の上に置くと、 何かを書き出した。
「本社があって、 そこから枝分かれして、 国内外に支社がある。 国内外の支社の経理上のデーターは、 一旦すべて本社の経理に集められる。 そして、 その監査をするところが、 ここ会計だ。 その会計が、 機能を果たさなければ、 何もまわらなくなる。 坂本にも、 それはわかるだろう?」
「……」
坂本さんは返事をしなかったが、 高橋さんは話を続けた。
「我が社の会計監査の一番上にいるのが、 法人担当の公認会計士であって、 第一会計士の方が今年の株主総会で勇退された。 人件費の見直し等、 今回から総会で承認された外部から1名雇った非常勤の会計士に来て貰う事になった。 実質、 今年から俺が当社の第一会計士になっている事は知っていたか?」
「知りません」
そうなの?
高橋さんは、 いったい何処まで上り詰めるんだろう……。
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