奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)

* Д.в 手始めに *

 コトレア領の視察から戻って来た『セシル』 は、自らが立てたプラン通り、それぞれの課題をこなし始めていた。

 乗馬も習い始め、ポニーではなく、きちんとした馬で乗馬ができるように、毎日、そのレッスンを受けている。

 その間も、この世界の知識を更に深める為、勉強を欠かさず、父のリチャードソンからも、領地の統治方法などを学び、毎日が多忙を極めていた。

 ギルド商会で雇い始めた傭兵達からも、少しずつだが、ホルメン侯爵領の調査報告が回されてきた。
 大した報告回数を済ませていないのに、すでに、その報告書からも、ホルメン侯爵領の悪行が、度重なって、話題に挙がって来ていた。

 どうやら、『セシル』 に婚約を進めてきた理不尽で威張り散らしたホルメン侯爵家は、見た目からだけではなく、その内情も、悪徳貴族を代表するような悪人だったのだ。

 これなら、“悪人”から“極悪人”に報告が変わったとしても、『セシル』 は驚きではない。
 『セシル』 の相手となる悪徳貴族なら、どんどん悪行を増やし、自らの破滅を更に導き出して欲しいものだ。

「悪徳貴族。権力を笠に着て、悪行・暴行のしまくり。そう。それなら、こっちだって、手加減なんてしないわよ」

 元々、“婚約解消計画”では、『セシル』 だって、全力で叩き潰す気でいたのだ。手を抜く気だってなかった。

 なんだか、この状況なら、本気で叩き潰しても、左程、ヘルバート伯爵家には影響が出てこないかもしれない。

「これ、ラッキー、なんて言うのかしらね?」

 それで、引き続き、ホルメン侯爵領や侯爵家の内情を探らせ、これからの様子見とすることにした。

 父のリチャードソンは、今の所、まだ、『セシル』 が領主になることは、あまり賛成しかねているようだったが、それでも、動き出した『セシル』 を止めることはしなかった。

 どこまでも、懐が大きくて、寛大な父である。

 ただ、セシルを心配して、その心配している表情も隠さず、


「セシル、いいかい? 絶対に、絶対に、絶対に(それから、3回ほど更に繰り返して)、無茶なことをしてはいけないよ。それを約束できないなら、お父様だって、セシルの協力はできない」


 何度も何度もそれを繰り返し、リチャードソンがセシルに言い聞かせて来たほどだ。

 父親の“無茶”と、『セシル』 が考える“無茶”の度合いが一緒だとは思えない。でも、約束をしなければ、父の協力は得られない。

 それに、大切な父に、心配ばかりもかけたくはない『セシル』 だ。


「大丈夫です、お父さま。()()()()()ことはしません。私は、この世界で生き抜いて、絶対に生き延びてみせるんですから!」


 (一応) 父親に約束し返したのかはどうか定かではないが(父も全く納得していなさそうな顔をしていたし)、そう、返事をした『セシル』 だった。

 ホルメン侯爵家は、当座は監視程度だから、『セシル』 自身も大規模な動きを見せる必要もないし、状況判断する為には、もっと正確な情報が必要だ。

 それで、次にしなければならない課題は、“生きる”環境作りで、領地開発だ。この課題には、かなりの資金が必要となってくるし、人材も人員も必要となってくる。

 だから、『セシル』 は自分の以前の経験と知識を生かし、“ストラテジック・プランニング”のテクニックを使い、大規模な事業企画を立て、そのプラン詰めを済ませていた。

 十歳の子供が到底できるような芸当ではなかったが、そのプラン立ての時には、父にも参加してもらい(暇だから、シリルも参加してきて)、大人の意見、この世界の人間の意見、貴族の意見も混ざることができて、大満足の『セシル』 だ。

 だが、そのプランニング・セッションに参加した父など、初っ端から、唖然と口を開けたまま反応がなくて、それから、『セシル』 にせがまれて、色々な質問をされたリチャードソンは、困惑極まりない顔をしながらも、(愛娘にしごかれて) 質問の返答をさせられてしまっていた。

 ここだけの話だが、『セシル』 が前世(なのか現世) の記憶を取り戻してから、シリルは、その『セシル』 を、毎回、間近で見て来た唯一の一人となる。

 だから、シリルは、プランニング・セッションにも、自分のおもちゃで遊びながら、いつも大人しく座って参加し、セッションを観察している。

 『セシル』 が自室でプラニングの書き込みをしている間も、ずっと観察しているし、セシルの計画もたくさん話されている。

 『セシル』 の思考方向や策略の立て方など、毎回、丁寧に教え込まれているから、全部、聞かされているし、この世界にはない盛りだくさんの知識を、『セシル』 から(じか)に授かった唯一の子供だった。

 『セシル』 は前世(なのか現世) の時から、教えることが得意だった。自分の経験、知識など、必要とあらば、いつも、同僚達に、仕事が重なったチームメンバーに、その他にも必要なグループに、人間に、誰構わず、きちんと知識や情報を教えることが常だった。

 そのせいか、弟であるシリルにも、『セシル』 は、全部のことを一から順に教えていた。

 この世界で存在しない知識だろうと、きっと、シリルが成長していく過程で、伯爵家を継ぐ時に、そう言った知識が役に立つだろうからと、『セシル』 は、惜しみなく、自分の持っている全ての知識や経験を、弟のシリルに授けていたのだ。

 (のち)に、このシリルの幼少の経験が、更なる偉大な人物を作り上げるなど、一体、誰が想像できたことだろうか(それは、また、後程のお話)。

 乗馬の練習に力を入れて、ある程度、一人でも乗馬ができるようになると、『セシル』 はコトレア領に戻っていた。

 父のリチャードソンは、未だに、賛成しかねていないようだったが、それでも、『セシル』 にせがまれて(言いくるめられて)、渋々だが、当座、コトレア領の「領主名代」 役を、『セシル』 に譲ってくれたのだ。


(お父さま、本当に娘に甘いお父さまで、大感謝です!)


 ちゃんと、『セシル』 から領地統治や経営の報告を済ませる約束をしたので、あまりにひどい状態になりそうだったら、リチャードソンが『セシル』 を止めに入るだろう。
 それまで、様子見、と言った所だろうか。

 当座の「領主名代」 だろうと、今の所、『セシル』 には、自分自身で自由に動ける場所が与えられたのだ。

 それからの『セシル』 の行動は早かった。

 まず手始めに、領地開発における領土の分配や配置など、『セシル』 は全く分からない。
 自分の分からないことがある時は、専門家に聞いてみるのが一番手っ取り早い。

 最初に『セシル』 が希望した人材は、地質学専門家や都市開発や計画の経験のある専門家だった。

 幸いなことに、この世界にも地質学者は存在するらしい。だが、都市開発などの専門家はいなかった。

「は、初めて、お目にかかります……。フェンリル・ポウズと、申します……」

 ははぁっ! ――とでも言えそうな勢いで、平に、平に、カーペットの上に膝を折り、頭をこすりつけている若い青年がいる。

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