奮闘記などと呼ばない (王道外れた異世界転生)
* * *
コトレア領では、十月の初めに“豊穣祭”というものを開くらしい。お祭りである。
五人の子供達は、今まで一度としてお祭りなどに参加したことはない。王都でのお祝い事がある度に、“盗み時”、“稼ぎ時”であるから、お祝い自体には参加したことがない。
でも、この領地では、領民全員で“豊穣祭”というものを開くらしい。
最初は、本当に小さなお祝いで、ただ、領民が一か所に集まって、少しご馳走を食べただけらしかった。
この頃では、そのお祭りが少しずつ拡大していき、露店も出るようになったらしい。
豊穣祭前になると、領地のどこでも賑わっていて、多忙で、いつも領民達が行ったり来たりと、豊穣祭の準備に取り掛かっていた。
孤児達は、ほとんど毎日の仕事を繰り返し、呼ばれた時には、豊穣祭の手伝いをする程度だ。
当日、屋台や露店が、大通りにかなりの数が並んでいた。
開会式というものにも、朝一番で全員が参加した。それから、時間が空いている領民達は、大通りのお店回りをする。
子供達もしてみた。孤児院の子供達全員が、お店回りをする機会があるからだ。ちょっとだけ貯めていたお金で、お店からお菓子を買ってみた。
五人揃って、買ってみた。
他の孤児達も大喜びしている。五人だって――密かに、にやけた顔が止まらなかった。誰にも咎められずに、好きなものを買うなんて、生まれて初めてだったからだ。
夜になると、領地側にある大きな広場に全員が集まっていた。ご馳走、とまでは言わないが、それでも、たくさんの料理が並んでいるなんて、子供達にとっても初めての経験だった。
豊穣祭の閉会式が終わると、全員が食事にありついた。好きなものを好きなだけ食べても、誰にも叱られず、誰にも責められなかったのは、その夜が初めてだ。
なにもかもが、初めてだった。新鮮で、驚きで、(ちょっとだけ) 感動して、豊穣祭のその日、一日だけでも、ものすごい感情の動きで、ジェットコースター並みの経験である。
全員が集まっている大きな広場に、ゆっくりと『セシル』 がやってきた。
すぐに、全員から歓声が上がり、拍手が上がる。
『セシル』 はドレスを着ていて、その姿でゆっくりと中央にある段上に上がって行く。
その『セシル』 を遠巻きから見やりながら、五人全員が呆然としていた。
「こんなきれいな人がいるんだ……」
高価なドレスを着たり、洋服を着たり、スラム街とは全くかけ離れた繁華街には、貴族がよく歩いていた。
だから、五人とも、貴族を見たことがないわけではない。
お金持ちだって、見たことがないわけではない。
それでも、壇上に立っているセシルの様相に驚いて、言葉もなく、呆然としていたのだ。
着ているドレスがキラキラしているのではなくて、それでも、セシルがキラキラとしていて、普段、見たこともない髪の毛を下ろした様子で、サラサラと、癖のない銀髪が月の光を反射して、夜目にも――すごく美しく見えた。
セシルだって、まだ成人していない子供で、貴族の令嬢で。
それなのに、壇上に立つセシルは、この場の誰よりも、「領主」 の風格を醸し出していた。
誰にも負けない、屈しない――深い藍の瞳が全員を見渡し、その強い意志を映しているかのように、力強い眼差し。
そして、薄っすらと微笑を浮かべて口元が上がり、その些細な仕草一つでも、目が離せないほどだ。
『セシル』 は、毎年、豊穣祭で、領民全員に『祝福』 を与えてくれるらしい。
領民一人一人が列になり、その行列の先で、『セシル』 からなにかお菓子を受け取って、領民達が膝をついていく。
そんな儀式めいた活動を見たことがないだけに、五人も素直に不思議な気持ちでその光景を眺めていたのだ。
孤児院の子供達も全員並び、ソワソワと落ち着かない。
五人の子供達の中で、ジャンが一番最初のメンバーだ。
きらきらと輝いて見える『セシル』 の前に立つと、ジャンにしては珍しく、一気に緊張してしまっていた。ミスをしちゃいけないような、そんな気分に陥ってしまったのだ。
ジャンは他の領民がやっているように、一応、見様見真似で、ケーキを握りしめたまま、膝をついてみた。
セシルが少し近寄ってきて、そっと、ジャンの髪の毛にその唇が届く。
サラサラと、セシルの銀髪が肩を流れ、そこからとてもいい匂いがした。
ジャンは少しだけ俯いているが、その視線だけを動かして、セシルの動きを目で追っていた。
「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
他の全員と同じ『祝福』 を繰り返して、ジャンから離れていくセシルに、ジャンも、一応、他の全員の真似をしてみる。
「……ありがとう、ございます……」
それで立ち上がったジャンの後ろで、緊張しているようなケルトも、前に出て来た。
そうやって、ジャン、ケルト、フィロ、ハンス、トムソーヤの順番で『祝福』 を受け取った全員は、壇上から離れて、孤児院の子供達が集まっている場所に戻っていく。
でも、その輪から少し離れ、五人は立っていた。
手の中にある小さなベージュ色のケーキの塊を見下ろして、それから、全員が顔を見合した。
声を合わせたわけでもないのに、一斉に、あむっ――と、その小さなケーキが口の中に消えていく。
「――あまい……」
「……うん……。おいし……」
この領地にやってきて初めて、「お菓子」 というものを食べた。
生まれて初めての経験だった。
それから、初めて仕事の給金をもらって感動した五人の前で、“初めてのお買い物”などという、孤児院恒例の行事で、町にあるお店に連れて行ってもらった。
なにかをたくさん買えるような賃金ではなかったが、それでも、生まれて初めて、自分達の力で稼いだお金で、五人は「飴」 なるものを買った。
全員が同じもので、セシルは「りんご飴」 だと言っていた。
リンゴに甘い蜜のようなものがついていて、それが「飴」 というものらしかった。
生まれて初めて食べる、信じられないほど、甘いものだった。
だから、一応、お菓子の定義も知ってきたし、そういう習慣も大好きになっていた。
だが、今もらったケーキは、また別格な味がする。
「――ほうじょう祭、初めてだ……」
「えっ、それを言う? スラム街なんて、祭りもないんだから、豊穣祭が初めてなのは当たり前でしょ」
そして、全く感動もなにもあったものではないフィロは、スッパリ、ジャンの感傷を切り落とす。
ジャンは嫌そうに顔をしかめて、
「いや、そうだけど……。――そういう意味じゃないだろっ。――なあ?」
うんうんと、他の全員が同意する。
「まあ、意味はわかるけどね」
「わかるなら、言うなよ……」
「でも、初めて、“領主さま”らしく見えたから、驚いた」
変な形容である。
五人がこの領地にやってきて、半年が簡単に過ぎていった。
初めは、猜疑心の塊だ――と、文句を言われようと、ずっとそうやって疑うことが前提で、スラム街で生き延びてきた。
だから、この領地にやって来ても、いつもどこか心の片隅で
「きっと騙されてる」
「絶対、利用される」
そんな警戒だけが消えることはなかった。
でも、半年経っても、最初にやってきた時と同じで、状況は変わらずじまいだ。
いや、それは、正確には、正しい表現ではない。
ジャン達がやって来た後からも、ジャン達以外の孤児がまた入って来た。それも、結構、頻繁に孤児がやってくる。
コトレア領では、十月の初めに“豊穣祭”というものを開くらしい。お祭りである。
五人の子供達は、今まで一度としてお祭りなどに参加したことはない。王都でのお祝い事がある度に、“盗み時”、“稼ぎ時”であるから、お祝い自体には参加したことがない。
でも、この領地では、領民全員で“豊穣祭”というものを開くらしい。
最初は、本当に小さなお祝いで、ただ、領民が一か所に集まって、少しご馳走を食べただけらしかった。
この頃では、そのお祭りが少しずつ拡大していき、露店も出るようになったらしい。
豊穣祭前になると、領地のどこでも賑わっていて、多忙で、いつも領民達が行ったり来たりと、豊穣祭の準備に取り掛かっていた。
孤児達は、ほとんど毎日の仕事を繰り返し、呼ばれた時には、豊穣祭の手伝いをする程度だ。
当日、屋台や露店が、大通りにかなりの数が並んでいた。
開会式というものにも、朝一番で全員が参加した。それから、時間が空いている領民達は、大通りのお店回りをする。
子供達もしてみた。孤児院の子供達全員が、お店回りをする機会があるからだ。ちょっとだけ貯めていたお金で、お店からお菓子を買ってみた。
五人揃って、買ってみた。
他の孤児達も大喜びしている。五人だって――密かに、にやけた顔が止まらなかった。誰にも咎められずに、好きなものを買うなんて、生まれて初めてだったからだ。
夜になると、領地側にある大きな広場に全員が集まっていた。ご馳走、とまでは言わないが、それでも、たくさんの料理が並んでいるなんて、子供達にとっても初めての経験だった。
豊穣祭の閉会式が終わると、全員が食事にありついた。好きなものを好きなだけ食べても、誰にも叱られず、誰にも責められなかったのは、その夜が初めてだ。
なにもかもが、初めてだった。新鮮で、驚きで、(ちょっとだけ) 感動して、豊穣祭のその日、一日だけでも、ものすごい感情の動きで、ジェットコースター並みの経験である。
全員が集まっている大きな広場に、ゆっくりと『セシル』 がやってきた。
すぐに、全員から歓声が上がり、拍手が上がる。
『セシル』 はドレスを着ていて、その姿でゆっくりと中央にある段上に上がって行く。
その『セシル』 を遠巻きから見やりながら、五人全員が呆然としていた。
「こんなきれいな人がいるんだ……」
高価なドレスを着たり、洋服を着たり、スラム街とは全くかけ離れた繁華街には、貴族がよく歩いていた。
だから、五人とも、貴族を見たことがないわけではない。
お金持ちだって、見たことがないわけではない。
それでも、壇上に立っているセシルの様相に驚いて、言葉もなく、呆然としていたのだ。
着ているドレスがキラキラしているのではなくて、それでも、セシルがキラキラとしていて、普段、見たこともない髪の毛を下ろした様子で、サラサラと、癖のない銀髪が月の光を反射して、夜目にも――すごく美しく見えた。
セシルだって、まだ成人していない子供で、貴族の令嬢で。
それなのに、壇上に立つセシルは、この場の誰よりも、「領主」 の風格を醸し出していた。
誰にも負けない、屈しない――深い藍の瞳が全員を見渡し、その強い意志を映しているかのように、力強い眼差し。
そして、薄っすらと微笑を浮かべて口元が上がり、その些細な仕草一つでも、目が離せないほどだ。
『セシル』 は、毎年、豊穣祭で、領民全員に『祝福』 を与えてくれるらしい。
領民一人一人が列になり、その行列の先で、『セシル』 からなにかお菓子を受け取って、領民達が膝をついていく。
そんな儀式めいた活動を見たことがないだけに、五人も素直に不思議な気持ちでその光景を眺めていたのだ。
孤児院の子供達も全員並び、ソワソワと落ち着かない。
五人の子供達の中で、ジャンが一番最初のメンバーだ。
きらきらと輝いて見える『セシル』 の前に立つと、ジャンにしては珍しく、一気に緊張してしまっていた。ミスをしちゃいけないような、そんな気分に陥ってしまったのだ。
ジャンは他の領民がやっているように、一応、見様見真似で、ケーキを握りしめたまま、膝をついてみた。
セシルが少し近寄ってきて、そっと、ジャンの髪の毛にその唇が届く。
サラサラと、セシルの銀髪が肩を流れ、そこからとてもいい匂いがした。
ジャンは少しだけ俯いているが、その視線だけを動かして、セシルの動きを目で追っていた。
「次の一年も健やかに。そして、強く、前に進んで行けますように」
他の全員と同じ『祝福』 を繰り返して、ジャンから離れていくセシルに、ジャンも、一応、他の全員の真似をしてみる。
「……ありがとう、ございます……」
それで立ち上がったジャンの後ろで、緊張しているようなケルトも、前に出て来た。
そうやって、ジャン、ケルト、フィロ、ハンス、トムソーヤの順番で『祝福』 を受け取った全員は、壇上から離れて、孤児院の子供達が集まっている場所に戻っていく。
でも、その輪から少し離れ、五人は立っていた。
手の中にある小さなベージュ色のケーキの塊を見下ろして、それから、全員が顔を見合した。
声を合わせたわけでもないのに、一斉に、あむっ――と、その小さなケーキが口の中に消えていく。
「――あまい……」
「……うん……。おいし……」
この領地にやってきて初めて、「お菓子」 というものを食べた。
生まれて初めての経験だった。
それから、初めて仕事の給金をもらって感動した五人の前で、“初めてのお買い物”などという、孤児院恒例の行事で、町にあるお店に連れて行ってもらった。
なにかをたくさん買えるような賃金ではなかったが、それでも、生まれて初めて、自分達の力で稼いだお金で、五人は「飴」 なるものを買った。
全員が同じもので、セシルは「りんご飴」 だと言っていた。
リンゴに甘い蜜のようなものがついていて、それが「飴」 というものらしかった。
生まれて初めて食べる、信じられないほど、甘いものだった。
だから、一応、お菓子の定義も知ってきたし、そういう習慣も大好きになっていた。
だが、今もらったケーキは、また別格な味がする。
「――ほうじょう祭、初めてだ……」
「えっ、それを言う? スラム街なんて、祭りもないんだから、豊穣祭が初めてなのは当たり前でしょ」
そして、全く感動もなにもあったものではないフィロは、スッパリ、ジャンの感傷を切り落とす。
ジャンは嫌そうに顔をしかめて、
「いや、そうだけど……。――そういう意味じゃないだろっ。――なあ?」
うんうんと、他の全員が同意する。
「まあ、意味はわかるけどね」
「わかるなら、言うなよ……」
「でも、初めて、“領主さま”らしく見えたから、驚いた」
変な形容である。
五人がこの領地にやってきて、半年が簡単に過ぎていった。
初めは、猜疑心の塊だ――と、文句を言われようと、ずっとそうやって疑うことが前提で、スラム街で生き延びてきた。
だから、この領地にやって来ても、いつもどこか心の片隅で
「きっと騙されてる」
「絶対、利用される」
そんな警戒だけが消えることはなかった。
でも、半年経っても、最初にやってきた時と同じで、状況は変わらずじまいだ。
いや、それは、正確には、正しい表現ではない。
ジャン達がやって来た後からも、ジャン達以外の孤児がまた入って来た。それも、結構、頻繁に孤児がやってくる。