腹黒御曹司の一途な求婚
 そして迎えた週末。
 予約時間である正午ピッタリに、私はアスプロ東京内の懐石料理店を訪れていた。

 総支配人が手配する、と言った時点でちょっと予感はしていたのだけれど――案の定、話し合いの場はうちのホテルだった。
 総支配人の秘書から連絡を受けた時にゲンナリとしてしまったのは言うまでもない。

 顔見知りのスタッフに苦笑いで会釈をしながら、予約されていた個室へと通される。
 父はまだ到着していなかった。
 
 どうせ予約してくれるなら、ホテル外にしてくれればよかったのに。憂鬱なため息を吐いて、私は戸に近い下手側の席へ腰掛けた。

(総支配人もひどいよね……従業員を売るなんて……)

 同じ父親として、父の力になりたかったと言っていたものの、それだけではないと思う。

 今現在、アスプロ東京は菊乃屋と取引はなかったはずだけれど、企業間の繋がりはあるに越したことはない。
 いつ関係が発展してもいいように、売れる恩は売っておくのがビジネスの世界。なので仕方ないといえば、仕方ないのだけれど。

(やっぱり、もうちょっと就活を頑張ればよかったかなぁ……)
 
 体よくビジネスの材料として扱われたことへの失望は拭えない。
 菊乃屋と全く繋がりのない業種の企業に就職したほうがよかったんじゃ……と今更な後悔が押し寄せてくる。
 とはいっても、自己PRが壊滅的に下手だったせいで就活はかなり難航したので、そもそも選ぶ余地なんてなかったのが悲しいところ。

「はぁ〜〜」

 クサクサした気持ちのまま、吐き出すため息は重い。
 一向に晴れないモヤモヤを捌ききれずにいたところで、個室の引き戸がガラリと開いた。

「ああ、すまない。先に来ていたのか」

 少し気まずそうな声と共に、父が入ってくる。私が会釈すると、父は向かいの席に座った。
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