腹黒御曹司の一途な求婚

まさかの再会

 さっきまでの騒ぎが嘘のように、嵐が過ぎ去った後の個室が静寂に包まれる。
 
 なのに私はホッと息つくこともできず、スーッと視線を彷徨わせた。
 六名まで利用可能なこの個室は、壁一面の大きな窓から東京湾を見渡すことができて閉塞感を感じさせないはずだけれど、今はとても気詰まりに感じる。
 一難去ってまた一難……そんな言葉が頭を掠めた。

 なぜかといえば、久高くんがまるで穴が空くんじゃないかというほど凝視してくるから……。

「このような騒ぎを起こしてしまい、申し訳ございませんでした」

 そう言って深々と頭を下げる久高くんに自分の本来の立場を思い出して、私も負けじと深く腰を折った。

「滅相もございません。この度は私共の不手際でお連れ様に不快な思いをさせてしまい、大変申し訳ございませんでした。深くお詫び申し上げます」
「いや、こちらこそ……」

 謝罪合戦が終わり、しばしの沈黙が訪れた。姿勢を正せば、またも久高くんがジッとこちらを注視している。なんだか、嫌な予感が……。
 妙な空気が漂う中、口火を切ったのは久高くんのほうだった。

「あの、一つ聞いてもいいですか?」
「は、はい。いかがなさいましたか……?」
「もしかして美濃さん、下のお名前は萌黄さんじゃありませんか?」

 その瞬間、顔に貼り付けていた私のビジネススマイルが引き攣った。背中に冷や汗がつうっと流れる。
 
 ヤバい……完全にバレてる。
 
 それでも私は往生際が悪かった。
 この期に及んでなんとかはぐらかそうと、「あ……」とか「えっと……」とか口籠もっていたら、久高くんが一歩分距離を詰めて近づいてきた。反射的に、一歩後ずさる。
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