腹黒御曹司の一途な求婚
「気に入ってもらえたようでよかった」

 出航前の説明を終えた野堀さんが退室した後、久高くんが私の耳に囁いてきた。
 途端、私の体がギクッと強張る。

 決して久高くんの存在を忘れていたわけではないけれど、本来の目的から目を背けようとしていたのは確かだった。
 
 ギギギ、と軋む音が聞こえてしまいそうなほどぎこちなく、私は久高くんの方へ体を向けた。

「連れてきてくれてありがとう。それで、その……」

 今日ここへ来たのは、彼の告白を断るため。
 でも、ものすごく言い出しづらい。

 どんな言葉をもってしても、彼を傷つけてしまうことに変わりはなくて。

 罪の意識が先行して言葉が紡げず口籠もっていると、彼の人差し指がそれを遮るように私の唇をツンと押さえた。

「萌黄の話は後で聞くよ。まずは気にせずに食事を楽しもう。ここのレストラン結構評判いいから、萌黄の仕事の参考にもなるんじゃないかな?」

 それとなく私を名前呼びしながら、久高くんはにっこりと人の好い笑みを浮かべた。前回会ったときに少しだけ話した私の仕事のことも覚えてくれていて、それでここに誘ってくれたらしい。
 
 気負わなくていいと告げられたことで、強張っていた肩から力が抜ける。
 
 この二週間あまりずっとすげなくしていた私を責めることもせず、それどころか久高くんは気遣いに満ちた優しさを与えてくれる。
 どうして、私なんかに……。
 
 鼻の奥がツンとして、思いがけず涙が込み上げてきそうになる。
 けど、すんでのところで堪えて、私もなんとか笑顔を返した。

「……ありがとう。私もそう思って楽しみにしてたんだ」
「うん。俺も今日は酒飲まないから安心して楽しんで」
「え?なんで?」
「そりゃあ、萌黄の信頼をこれ以上失いたくないからさ」
「そんな……気にしなくても……」
「俺が気にしたいんだよ。萌黄に、ちょっとでもよく思ってほしいから」
 
 戯けたように肩をすくめる久高くんに、私はキュッと唇を噛み締めた。
 嬉しいなんて思っちゃいけない。私にそんな資格ない。
 でもそんな自制も虚しく、私を想ってくれる彼の気持ちに胸が打ち震えるのは止められなかった。

「萌黄を困らせたいわけじゃないから、今はこれ以上この話をやめておこう。ドリンクは何にする?」

 久高くんは悪戯めいた笑みを浮かべて、私にメニューを差し出した。
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