腹黒御曹司の一途な求婚
 今日はその弁護士の先生の元へ相談に行く予定だ。
 先生はかなり忙しいらしく、休日しか予定が合わなかったというのがちょっと、いや、かなり申し訳ない。

「手土産を用意したんだけど、先生って甘いもの好きかな?」

 弁護士に相談する機会なんて、これまでの人生で一度もなかった。料金の相場も分からなかったので、事前に久高くんに相談料の話をしたところ、ランチのついでに相談するだけだからお金なんていらないと言われてしまっていた。
 だからせめて手土産だけでもと思って、アスプロ東京のスーヴェニアショップで売られているオリジナルの焼き菓子を買ってきたのだけれど……。

「別に気を遣わなくて大丈夫だよ。俺の従兄だし」
「…………いとこ、なの?」

 あっけらかんとして笑う久高くんとは対照的に、私の顔がピシッと引き攣る。
 知り合いとは聞いていたけど、従兄だなんて聞いていない。
 私の表情がみるみるうちに抜け落ちていくのを目撃した久高くんは不思議そうにコテンと首を傾げた。

「あれ?言ってなかったっけ?」
「聞いてないよ!」

 ただの知り合いに相談するのと、久高くんの親戚に相談するのとでは心構えが全然違う。
 というか私が久高くんの親戚にお会いしても大丈夫なんだろうか、その色々な意味で……。
 何よりもまず、そういう重要な情報は忘れずに先に言ってほしい!
 
 抗議の意味も込めて繋いだ手をブンっと振ると、彼はくすぐったそうに肩を震わせて笑っていた。

「ついでにさ、もう一個言い忘れてたっていうか言ってなかったことがあるんだけど…………待ち合わせ、俺の家なんだよね」
「うえぇっ?」

 ひとしきり笑い終えた久高くんが付け足した言葉に、私の心臓は思わず飛び上がった。驚きのあまり歩いていた足が止まる。

 体を重ねたあの夜以来、久高くんの家を訪れたことは一度もなかった。だから必然的にあの日の記憶が蘇ってきて――肌が粟立って背筋がムズムズとしてくる。
 
 多分久高くんにも、私が今何を思い浮かべているか伝わってしまったのだろう。
 久高くんは苦笑気味に頬を掻いた。
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