腹黒御曹司の一途な求婚
「ごめん、母さんが来たみたいだからちょっと追い返してくる」
「…………お母様が?」

 途端、ピンと張り詰めていた私の背筋が拍子抜けしたように丸くなった。

 謎の女性の正体は久高くんのお母様。
 よかった……とそう思って安堵したのも束の間、いやいやと思い直す。

「久高くん、私帰るよ。せっかくお母様がいらっしゃったことだし」

 名残惜しい気持ちはある。でも親子の会話の方が大切なので。
 けれどもそう告げた瞬間、久高くんが目をかっ開いた。まるで言葉の意味が分からない、とでも言いたげに。

「萌黄が帰る必要ないよ。母さんを追い返すから。どうせ散歩のついでに来たとかそんな理由だろうし」
「え……でも、そんな……せっかくいらしたのに……」
「歩いてすぐのところに住んでるんだから、せっかくも何もないよ。気にしないで」
「でも……」
「――というか、蒼士。萌黄ちゃんを叔母さんに紹介したらいいじゃん」

 押し問答をする私たちを見かねたように、和泉さんが言葉を挟んだ。
 むしろなぜそうしないのかと言いたげな口ぶりに、私はハッとする。

「何言ってんだ、幸人。付き合ってもない男の母親に会うなんて、嫌に決まってるだろ」

 眉をひそめて和泉さんの提案を跳ね除けた久高くんは、どこまでも私を思い遣ってくれている。
 でも――

 私はウンと大きく頷いて、覚悟をもって久高くんを見上げた。

「久高くん!あの……もし、久高くんがよかったら……私、お母様にご挨拶してもいいかな……?」

 この一歩を踏み出さないと、前へは進めないと思うから。
 意表を突かれた様子の久高くんを説得するように、私はジッと目を逸らさずに彼を見つめ続けた。
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