花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「おえかき!」
「え?」
「おえかきする!」

僕には子どもの思考回路がさっぱりわからない。
桜を欲しいと言っていたのが、なぜ急にお絵描きになるのか。

「さくらのえ、かくの。それならしんじゃわないでしょ?」
なるほど、そういうことか。それなりの考えがあるんだな。

「お家の人が心配してるよ。帰りな」
「だいじょおぶ。おともだちのおうちにいくっていってきた」
また勝手なことを言う。

「おばあちゃんがね、ここは〝がか〟さんのおうちっていってたよ」
また無邪気に人の心を抉る。
ここはもう画家さんの家じゃないんだ。

「がかさんって、おえかきがじょうずなひとでしょ?」
「……そうだよ」
父のことを思い出す。
「だから、このちゃんもおえかきするの」

慣れていない子どもの天真爛漫なわがままに「やれやれ」という気持ちになったけど、父の画材は処分するつもりだったから、この際この子に使わせても良いような気がしてきた。
「わかったよ。ちょっと待ってて」

僕は適当な紙と、日本画家だった父の画材をいくつか持って来て座卓の上に広げた。
結局たくさんの画材の中から子どもの彼女が手に取ったのは、見慣れた色鉛筆だった。

「あのね、このちゃんもおとなになったら、がかさんになるよ」
「ふーん」
桜をピンクで塗るのがいかにも子どもらしい。
フランスの桜のような色だ。

「おにいちゃんもかいて!」
「え、僕はいい」
「かいて!」

僕はため息をついて、水彩色鉛筆を手に取った。
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