花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「花盗人は風流のうち」
気怠さを纏った空気を感じる明け方、布団の中で私を背後から抱きしめた櫂李さんがつぶやいた。
「え?」
「桜の花は美しいから、手折りたいと思う気持ちすらも風流心ととらえられて、咎められない。という意味だ」
「そんな言葉があるんですか……でも、私は泥棒にならなくて良かったです。祖母を悲しませるところでした」
改めてホッとする。
「君は、行動がとても大胆だな」
それが桜泥棒と同時に、先ほどまでの情事を指しているのは明白で、私の頬が熱くなる。
「私は手折ってしまったな……」
彼が私の髪を撫でながら、またつぶやく。
「あ……そうですよね。お庭の桜、すみませんでした」
「……いや、気にしなくていい。あのくらいは桜の樹も許してくれる」
「ふふ」と、つい笑ってしまった。
「なに?」
「櫂李さんは、風流な方ですね。桜が〝許してくれる〟なんて」
「まあ、否定はしない」
それからポツリポツリと会話をして、二人ともうとうとと睡魔に襲われ始めた。
私は必死で睡魔に抗って彼の腕から抜け出ると、服を着て、汚してしまったハンカチと、彼が花瓶に差してくれていた桜の枝を大切に持って家を出た。
鍵は開けっぱなしになってしまったけど、この地区はセキュリティが万全なはずだと信じて。
時刻は六時半くらいだろうか。
門から入るにはカードキーか住人の許可が必要だけど、出るのはとても簡単だ。
扉を開ければ外に出られて、すぐに「ガチャン」とオートロックの閉まる音がする。
急に、門の向こうで起きたことが全て現実味を失って、夢の中の出来事だったような気さえしてくる。
『木花、君はとてもきれいだ』
思い出して、身体が切ない音を鳴らす。
べつに悲しい思い出ではないはずなのに。