花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「櫂李にははっきり振られたわ。あくまでもビジネスパートナーって」
ひとの夫に迫ったことを、悪びれずに言えるのが透子さんらしい気がする。
どうやら彼女には離婚のことは伝わっていないらしい。

「今日はあの絵を見に来たのよ。彼が絵画を寄贈しただなんて初めてだから、今更ながらどんな絵なのかしらって」
彼女はカプチーノを注文しながら言った。

「良い絵ね」
「はい」
それはずっと変わらない。

「あれもあなたのために描いたって、院長にうかがったわ。認めたくないけれど、あなたがミューズって本当なのね」
今の状況でそれを言われてしまうと胸が苦しくなる。

『あの絵は、木花が描かせた絵だ』

「あの絵は……祖母のための絵です」
彼の言葉を思い出して、自分で否定の言葉を口にする。
「あら、そう」
私はテイクアウト用のカプチーノを用意する。
「だけど結局しばらく休業なのね」
「え?」

「あら、聞いてないの? 彼の方からしばらく絵は描かないって連絡があったのよ」
どういうこと?

「櫂李さん、毎日のようにアトリエに籠ってましたけど……」
「そうなの? 少なくとも売るような絵は描かないようだけど。こちらとしてはどんな小品でも春櫂の絵は欲しいのよ。ミューズさんから言ってくださらない?」

嫌味なのか冗談なのかよくわからない笑顔を浮かべて、透子さんは店を後にした。

櫂李さんは年が明けてから、家での時間をほとんどアトリエで過ごしていた。
てっきり絵を描いていると思っていたのに、休業ってどういうこと?
それに、彼は以前に〝描きたいものだけ描く〟というニュアンスのことを言っていた。
それなのにわざわざ休業を宣言するなんて。
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