花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—

第弐拾参話 待伏

***

翌週の月曜日。

今日もいつも通りアルバイト。
一人暮らしも一週間以上が過ぎ、元々の状態に戻ったという感じで生活には慣れたけど気持ちはずっと浮かないまま。
でも働いていれば幾分か気が紛れる。

お客様が途切れると、いつもロビーに目をやる。
あの絵と人混みが目に入る。
ベリが丘総合病院は今日も訪れている人が多く、ロビーは様々な人が行き交っている。

「え……」

一瞬、時間が止まったような気がして、思わず声が出た。

人混みの中を歩いている背の高い男性に目を奪われる。
黒いショートヘアに、黒いニットと濃いグレーのパンツ、グレーのチェスターコート。
それにサングラスをかけていて、顔はわからない。

だけど、見た瞬間にわかった。

櫂李さんだ、って。

エントランスに向かっている彼を今すぐ追いかけたい。
そんな衝動に駆られる。
「いらっしゃいませ」
だけど今はバイト中だ。

「エスプレッソをダブルで」
「店内のご利用でよろしいですか?」
接客しなければいけないのがもどかしい。
「ありがとうございます」
一人のお客様だけでレジが途切れたので、思わず病院のエントランスに小走りに駆け寄る。
だけどもう、そこに彼の姿は無かった。

「ちょっと急にどうしたの?」
「あ、ごめんなさい。落とし物をされた方がいて」
我に返って、急いでバイトに戻ったところで双葉さんに少しだけ怒られてしまった。

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