花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
ベリが丘総合病院は街で一番の大きな病院で、優秀なドクターを数多く抱えている。
ここの腫瘍緩和ケアセンターに祖母が入院している。

「おばあちゃん、おはよう」
もう昼だけど、祖母、古川吉乃(よしの)に会う日の最初の挨拶は笑顔で「おはよう」と言うことに決めている。
「こんにちは」みたいに他人行儀じゃないし、新しい一日の希望に溢れている気がするから。

祖母は四人部屋に入院していて、ベッドがカーテンで仕切られている。

「具合はどう?」
「そうねえ、背中が少し痛いかしら」
「大丈夫? さすろうか?」
「ありがとう。でも触ったら痛いんじゃないかしらねえ」

祖母は七十五歳。
病気はもう末期で、手術はしない緩和ケアを選んだ。
いつも笑顔を見せてくれるけど、会うたびに身体が小さくなっている気がする。

「今日はおばあちゃんにプレゼントがあるんだよ」
「あら、なにかしら」
「じゃーん」
私は桜の枝を祖母の目の前に出して見せる。

「あら。あらあら……」
嬉しくて驚いているときの祖母の口癖が出てホッとする。

「どうしたの? これ」
「親切な人が譲ってくれたの。櫻坂の桜の兄弟木なんだって」
櫂李さんの言葉を思い出す。

「おばあちゃん、櫻坂の桜が見たいって言ってたでしょ?」

祖母の目に涙が浮かぶ。
私の目も、潤まないはずがない。

「ありがとうね、このちゃん。おじいちゃんと見たの、櫻坂の満開の桜。大好きな桜なのよ。このちゃんとも何度も見たわね。ありがとうね」

祖母は涙を流しながら、何度も何度も「ありがとうね」と言ってくれた。

本当は祖父と見た満開の桜が見たいはずだし、見せてあげたいけど、もう病院の外に連れていくのは難しい。
それでもこうやって、少しでも悔いのないように送り出してあげたい。
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