花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—

守衛さんは一人だから……大丈夫、見てないうちに素早く。

パーカーにズボン姿、それにキャップをかぶった私は胸に手を当てて静かに深呼吸をする。


ベリが丘のノースエリアにある櫻坂、季節は三月半ば、時刻は深夜二時。

今、私の目の前には夜の暗闇でも艶やかに白く光るような桜並木が広がっている。
今年は例年よりも随分と早く満開を迎えているらしい。
普段は夜桜のライトアップが行われているけど、今日はメンテナンスで休止されているというのは、事前に調べた情報の通りだった。
こんな肌寒い深夜には、帰宅途中の人も、散歩に出ている人ももういない。
ライトアップが休止しているから桜並木自体の警備員はいないけど、ここは特殊な場所だからいつも守衛さんがいる。

ベリが丘の街は、おもに四つのエリアにわかれている。
一般的な住宅や公園、店舗が広がるサウスエリア。
市庁舎やオフィスビルが立ち並ぶビジネスエリア。
そして、ここノースエリアはベリが丘の中でも高級住宅地で老舗の店舗も多く立ち並ぶ、ベリが丘の中でもお金持ちの住むエリア。
一見三つにしか分かれていないようだけど、ノースエリアには特別な〝壁〟がある。
高級住宅地のさらに高級な、由緒ある家だけが立ち並ぶ住宅街は他のエリアと壁で隔てられ、そこへは守衛のいる門を通らなければ入れない。
一番〝エリアの境〟がはっきりしている場所。

櫻坂はその門の目の前に広がっている。

そして私は今、桜泥棒をしようとしている。

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