花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
横幅二メートル、縦幅一メートルはありそうなその日本画は、柔らかなタッチで満開の桜並木を描いたものだった。

白に見える花の中に、透けるような薄いピンクが重ねられていて、本物の桜のように繊細だ。

「これ……」
「あら、あらあら。これ、櫻坂の桜ねえ」

満開の桜が祖母の眼前に広がっている。
それだけで胸が熱くなって喉の奥から込み上げてくるものがある。

「満開ねえ」
祖母が目を輝かせてつぶやく。

「こ、これ、どなたが……?」
目から涙が溢れそうになるのを必死で我慢する。

「日本画家の春櫂(しゅんかい)先生ですよ」

そう言われて、絵に書き込まれた雅号(がごう)を見る。
その文字が春海櫂李その人だと私に教えてくれた。

「きれいねえ。今年もこのちゃんと一緒に満開の桜が見られたわねえ」
祖母が涙交じりの笑顔を見せる。

私は目の前が涙でまったく見えなくなってしまって、涙を拭いながらただただ頷くことしかできない。

「うん。うん……すごくきれい。本物の櫻坂と同じくらいきれい……一緒に見られて嬉しい」

信じられない。また二人で桜並木が見られるなんて。

「これを描いた人が、このちゃんの言ってた人かしら」
「おばあちゃん……するどい」
祖母が微笑んだのが涙越しでもわかる。

院長や看護師さんたちは、泣きながら絵を見ている私たちをしばらく二人にしてくれた。
祖母はずっと嬉しそうに絵を見ていて、祖父との思い出を懐かしそうに話してくれた。


「では、こちらは当院のロビーに飾らせていただきますね」
「はい、是非。他の方たちにも喜んでいただけると思います」


それから一週間後、祖母が息を引き取って私は天涯孤独になった。
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