花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「ミューズ、ですか?」
私の大学での専攻は文学部の西洋美術史だから、言葉の意味はわかる。

〝芸術家に創作のインスピレーションを与える女神のような女性〟という意味だ。

「そんなの無理です。私が日本画に疎くて存じ上げませんでしたけど、櫂李さんはすごく有名で人気のある方のようだし、先日の桜の絵も本当に素晴らしくて……私なんかの出る幕はないかと」

「あの絵は、木花が描かせた絵だ」

彼は私を見たまま続ける。

「あの夜の君がとても美しかったから、君を描いた」

あの夜、と言われて顔がカッと熱くなってしまう。
きっと頬が赤くなっているはずだ。

彼が私の左頬に右手を添えて顔を覗き込む。
彼の瞳が妖艶で、少しの怖さすら感じて鼓動が速くなる。

「木花、私はあの日から君のことばかり考えてしまうんだ」
「それは……」

私も同じだ。
あの夜から祖母が亡くなった日ですら、一日だってこの人を思い出さない日はなかった。
まるで取り憑かれたみたいに。

「私と結婚してくれないか? 木花の望みはなんでも聞いてあげるよ」

頬を解放すると、すっかり傷の消えた私の右手を取って口づける。

「私は……」

自分が望むことを考えて、彼を見据える。

「私はあなたが、櫂李さんが欲しいです」

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