花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
私の言葉に颯くんは驚いて、しばらく言葉を失ったように黙っていた。
当たり前だよね、彼氏がいたわけでもお見合いの話があったわけでもないんだから。
自分自身でもまったく予想していなかった状況に驚いてるくらいだし。

「は? 嘘だろ? 誰と?」
なんだか怒りを孕んだような声色に聞こえる。

颯くんの視線が私の左手の薬指に下りる。
そこにあるのは小さなダイヤが一粒輝くシンプルな銀色の指輪。
私の言葉が嘘じゃないって彼も理解したはずだ。

「知ってるかな、春海さん。春海櫂李さん」
「画家の?」
私はコクリと頷く。
この地区は大きな家が多い分、軒数が少なくてどの家に誰が住んでいるのかはみんながだいたい把握している。

「なんで?」
「なんでって……」

正確な答えは〝彼のミューズになるため〟なのかな。
櫂李さんには真顔で言われたけど、自分で口にするのはあまりにも照れくさい言葉。

「お互いに好きになったから」
一番無難な答えはこれ。
これだって本当のことだから。

「もしかして借金とかか?」
「なんでそうなるの」

「だってお前、まだハタチだろ? 春海って何歳だよ」
「私の結婚相手を呼び捨てにしないで欲しいんだけど。三十二歳だよ。それに私もう二十一歳になった」
あまりにもぞんざいな『春海』の響きについムッとしてしまう。

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