花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「ずっと、大人になったらできるだけ早く仕事につかなくちゃって、そればっかり。あの日櫂李さんが結婚しようって言ってくれなかったら、あのまま大学を辞めて今頃はアルバイトを掛け持ちしながら就職活動してたはずです。できるだけ割りのいい仕事っていう条件だけで」

「美術史を選んだのはどうして?」

彼の質問に、少し考える。

「大学は、そんなに行きたかったわけじゃないから家からの距離を最優先で決めました。学部は……小学生の頃までは絵を描くのが好きで、画家とか漫画家になりたいって思っていた時期もあったから」

〝画家〟の言葉に、櫂李さんが少しだけ反応する。

「子どもの絵空事だけど、その頃の気持ちが少し残っていたのかも。でも美大や絵画科に行くのは無理だったから」

美大は学費にも、受験のための予備校にもお金がかかる。
課題の制作時間なんかを考えても、祖母の看病とアルバイトをしながら通うのには向いていない。

「やりたいことなんてなかったけど、少しでも絵に関する学科にして良かったって今は思ってる」
微笑んで、また彼の目を見つめる。

将来、できることなら櫂李さんの絵に関われるような仕事に就きたい。

「櫂李さん、私にまた〝将来〟をくれてありがとう」

私は上体を起こして、櫂李さんに口づける。
キスして、見つめて、またキス。
彼も私の頬に触れて、何度も何度も繰り返す。

「ありがとう」

あの日、私を見つけてくれて。
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