花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—

第捌話 海

***

櫂李さんは学生の私と結婚するときに、もしも大学にダメだと言われたら始めたばかりの講師を辞めると言ってくれていた。
だけど実際は、私の学科では櫂李さんの授業を受けることができなくて利害関係がないという理由と、櫂李さんが大学所属ではなく外部の講師であるという理由で、なんの問題もなく結婚できた。
大学側の数年越しのオファーで実現した櫂李さんの授業は、受講希望者が殺到して当選率の低い抽選になっていたらしい。
だからダメと言えなかったのかもしれない。
少し手続きが面倒だったけど、私は大学でも春海姓を名乗ることにした。


七月の初旬。
梅雨もそろそろ明けそうな晴天が続いている。

大学の授業の合間に構内のカフェのテーブル席で、香奈が驚いた顔をする。
「〝春海〟って、まさかと思ったけどやっぱりそうだったんだ」

彼女が櫂李さんが講師として来ることを教えてくれた友人だ。
櫂李さんのことだけでなく、いつもいろんな情報を教えてくれる。

「でもさ、前に私が『この大学に春海櫂李が来るらしいよ!』って言ったときは『誰?』って感じで無反応だったよね。」
私は頷く。

それは二月の出来事だったと思う。
香奈がひどく興奮して教えてくれたけど、東洋美術史専攻の彼女と違って私には知識がなかったから、すごさがまったくわからなかった。
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