花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
このホテルはパウダールームもラグジュアリーな雰囲気だ。

白い大理石の床に白い照明、籐製の焦茶の背もたれにアンティーク調の花柄の布が張られたソファが置かれ、白いユリや紫のトルコキキョウなどが使われた大きくて華やかなフラワーアレンジメントが飾られている。

そんな空間で鏡を覗き込むと、やっぱり自分はどこか子どもっぽいような気がしてしまう。

「帯が少し崩れているわよ」

突然、背後から声がしてドキッとする。
鏡越しに声の主と目が合う。

藤色の着物を着た、黒髪のワンレングスのボブヘアの女性。
和装にナチュラルなヘアスタイルが、着物を着慣れている感じがしてかっこいい。
キリッとしつつも繊細な形の眉に、細めのアーモンドアイ。
年齢は三十代半ばくらいだろうか。

彼女は着物の帯のお太鼓という背中側の輪っかを、ピッと張りを出すように指で摘んで横に伸ばしてくれた。

「ありがとうございます」
「いいえ」

笑顔にも品があって、声はどこか気怠さと甘さを漂わせながらも落ち着いている。
大人の女性ってこういうことだと思わせる空気がある。

「あなた、春櫂先生の奥様よね」
「え? はい。ご存知なんで——」
「だめよ? 彼に恥をかかせては」

柔和に見えてどこか冷たく突き放すような笑顔。

女性の表情が急に変わって驚いて固まっている間に、彼女は部屋を出て行ってしまった。
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