花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
「どうした?」

「あ、ありがとう、ございます……」

彼は俯いて泣き崩れた私の隣に正座すると肩を抱いて、時折背中をさすってくれた。

「……祖母が、入院してるんです」
次から次に溢れる涙が少しだけ落ち着いてから説明を始める。
彼には理由を言わなければいけないと思ったから。

「多分もう、長くなくて……櫻坂の桜が見たいって」
「そうか」
「もう病院の……外には、出られなくて」
初対面の人間の身内が入院していて今にも死にそうだ、なんて話、聞かされても困るとは思う。
それでも彼は穏やかに聞いてくれた。

「この桜……きっとすごく喜びます」
「おばあさんが入院しているのは総合病院?」
私は無言で頷く。

「君の名前、聞いてもいいかな」
彼には名乗らなければいけないと思う。

古川木花(ふるかわこのか)です」

「古川……このかはどんな字?」
「えっと……木の花って書きます。木に花で〝このか〟」
簡単な字だから自分の手に指で書いてみせる。

「このか、木花(このはな)か」
彼が何かに感心するようにつぶやいた。

「あなたは? あなたの名前も……教えていただけますか?」

櫂李(かいり)、春海櫂李」

「カイリさん……」
恩人の名前を忘れまいとつぶやいた。
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