花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—
***

「痛っ」
「消毒しないと膿んでしまうかもしれないからね。すこし我慢して」
彼がピンセットで摘んだ丸いコットンで私の手の甲を消毒してくれる。

「深くはなさそうだ。絆創膏を貼っておけば大丈夫そうだな」
そう言って、今度は救急箱から四角い絆創膏を出して貼ってくれて、上から包帯も巻いてくれた。

桜の咲く庭をのぞむ縁側付きの広い和室は灯りが優しく、彼の手は指が長くて大きくて、妙に扇情的な雰囲気を醸し出している。
手当されているだけだというのに私の心臓は細かいリズムを刻んでいる。
彼の声が心地よく、切れ長の目が優しく微笑むのもその原因だと思う。
どこか日本人離れした顔立ち。

「よし、できた」
「ありがとうございます」
包帯の巻き方の美しさから器用な人なんだということがうかがえる。


「では本題だ」
「本題?」
「君は桜が欲しいんだよね?」
「……はい。でも、ただの桜じゃなくて、櫻坂の桜が欲しかったんです」
もう手に入らないのだろうという事実に声が少し掠れた。

「なぜ?」
質問されて、すぐには答えられない。
初対面の人に言うにはなんとなく重すぎる気がする。

「言いにくいこと、か」

彼は「ふぅ」とため息をつくと、私の手元のハサミを手に取った。
そして縁側から草履を履いて庭に出ると、桜の樹に近づく。

「え……」

「パチン」という音が鳴ると、桜がひと枝、彼の手に収まっていた。

「この桜は、櫻坂の桜と同じ時期に植えられたそうだよ。兄弟だと思っていいだろう。今日のところはそれを持って帰りなさい」

そう言って差し出された枝を手にすると、ポロポロと涙がこぼれた。

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