花とリフレイン —春愁切愛婚礼譚—

第弐話 手折ル

「木花、こんな時間だし今日は泊まっていくといい。支度をするよ。といってもじきに夜が明けそうだが」
しばらく無言で過ごした後、櫂李さんが言った。

時刻はとっくに三時半を回っている。

「こんな時間まで付き合って起きていていただいてすみません」
「いや、私はあまり時間の意識の無い人種だから気にしなくていい」
彼の言葉の意味はよくわからなかった。

「あの……」
「ん?」

「お時間が大丈夫でしたら、もう少し、こうしていていただいてもいいですか?」

彼は私の肩を抱いたままだ。
温かくて、お香のような香りがしてとても落ち着く。
私は安心しきって身を委ねている。

「自分が悪いのはわかっているんですけど……気持ちが落ち着かなくて」

守衛さんに捕まらなくて、祖母を悲しませることにならなくて本当に良かった。
思い出すとまだ心臓がドキドキする。

「あなたにそばにいて欲しいです」

この人の温もりをもう少し感じていたい。

「木花、君は少し警戒心を持った方がいい」

ため息交じりにそう言って、彼が私の瞳を捕える。


「知らない男にそんな表情を見せてはいけない」


しばらく見つめあったまま、沈黙が続いた。

「あなたは……あなたのことはよく知らなくても、助けてくれて、手当をしてくれて、桜をくれて、優しい人だってわかります」

〝いい人〟だとか〝そんなことする人じゃない〟って言わなかったのは、私にもその先がわかっていて、どこか期待していたからだと思う。


「優しくても、〝男〟だよ」


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