だって、そう決めたのは私

第70話 僕は上手く飲み込めない

 物思いにふけながら車窓を眺める僕には、どんよりとした空気が貼り付いているに違いない。まぁくんと酒を飲んだ夕べ、風呂にも入らず、リビングで大の字になって寝てしまった。ボーッと起き上がったのは、昼前。腹も減らず、シャワーだけサッと浴びて、荷物を纏め家を出た。カナちゃんが帰って来る前に。大荷物を抱えて、あと少しでアトリエというところだったのに。今は結局、自宅の最寄り駅に向かっている。それもこれも、佐々木くんからメッセージが届いたからだ。

『中川さん、昨日は大丈夫でしたか』
『お時間が大丈夫だったら、会えませんか』
『今から、幼馴染さんのお店に行ってみようと思ってるんです』

 どうして、羽根なのだろう。そう思ったが、僕がどこに居るのか分からなかったか。まぁくんの店のことは、前に話した。もしかしたら、アトリエよりもそっちの方が彼の家からは近いのかも知れない。休みに入ったのに、気にかけてくれる。佐々木くんには世話になったし、フラレたってきちんと話さないといけないな。そうやって分かってるのに、返信しようとする指が進まない。理由はきっと、幼馴染の店(・・・・・)を指定されたからだ。

 昨日は、珍しく、まぁくんと喧嘩してしまった。いつもならしないのに、彼の言うことに突っかかって。僕の反論が気に入らなくたって、まぁくんは黙って一緒に飲んではくれたけれど。結局、僕は逃げるように帰ってしまった。今まで彼とこんなに大きな喧嘩をしたことがない。怒ってるかな。呆れてるのかな。どんな顔をしたらいいんだろう。ただでさえ、頭が回らないのに、考えなくちゃいけないことばかりだ。でも、僕の生活から彼を除外することは出来ないし。きちんと、さっぱりした顔で謝ればいい。それからこれを彼にも見せて、頑張ったのになぁ、って笑ってしまおう。バッグの上から、あの木箱の感触を得る。そうだ、僕は頑張ったんだ。

 電車が速度を落とす。あぁ着いちゃう。慣れた駅にに降りれば、嫌でも足はあの店へ向かう。自分の家よりもずっと、行き慣れた場所だ。商店街の匂い。店頭からの声掛け。生まれ育ったこの場所は、結構好きなんだよな。悲しい思い出を括り付けて、嫌いになりたくはない。
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