だって、そう決めたのは私
「ふぅ……もう、いるのかな」

 見慣れた扉。古びたショウケース。僕はその前で、一歩進むのを躊躇う。だって扉を開けたら、まず幼馴染と目が合うから。でも、ちゃんと話さないといけない。夕べは悪かった、って謝らないと。

「よし……」

 鼓舞するように言ったつもりが、情けない声でしかなくて笑った。それでも、開け始めた扉。引き返すことは、もう出来ない。

「いらっしゃいませ。おぉ、宏海」
「うん……」

 いつも通りのまぁくんだった。店内を見渡すよりも先に、昨日はごめんね、と謝る。何の誇張もなく、素直に。

「おぉ、いいよ。別に。気にしてねぇ。いつものことだろうが」
「そうかも知れないけど」
「気にすんな。ほら、待ち合わせだろ」

 まぁくんが指差す先に、佐々木くんがいた。僕が着く前に、彼と話したんだろう。この時間は客があまり来ない。今は僕に向かって、ペコペコ頭を下げる若者が一人居るだけだ。

「佐々木くん、ごめんね。お休みに入ったのに」
「いえいえ。昨日の池内さんが心配だったので。本当は止めたかったんですけど……次の打ち合わせがあったので上手く裁けなくて」
「うん、うん。大丈夫だよ」

 大丈夫、だっただろうか。あからさまな強がりを言って、力なく笑うしかない。本当は、心が折れて限界ですよ。とは、さすがに佐々木くんには言えない。

「それで……」
「あ、うん。流れで伝えたんだけどね。フラレちゃった。ごめんなさいって」
「え……あぁ。えっと、何か理由とかあったんですか」

 佐々木くんも、そう言うんだな。まぁ当然か。普通なら理由を聞くだろう。どうして駄目なのか。その先に、自分を進めるために。
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