オディールが死んだ日に
想い出にするには早すぎる

自宅マンションまではタクシーで帰った。迎えを寄越す気力もなかった。と言うか俺のことを知っている人物と接していたくなかったと言うのもある。変な同情やあらぬ疑いを掛けられても余計疲れが増すだけだ。


何とか家に帰りついたものの、何もやる気がしない、考えることすらしたくない、俺はまるで死んだようにソファに身を投げクッションに顔を埋めた。大人が裕に四人も座れる大きなグレーの革張りのソファ。オレンジとターコイズブルーのクッションが配置されている。妻の翆が選んだソファとクッション。そのクッションに顔を埋めると翆の香りを感じた気がした。


翆――――


どうして



どうして俺の前から消えちまったんだ。



どうして



そればかりを考えて、しかし考えた所で答えなんて浮かんでこない。


どれぐらい時間が経ったのだろう。もう考えることも疲れて殆ど無になっていたときだった。


ピンポーン、とインターホンが鳴った。


誰だ、こんな時間に。と言うか「こんな時間」って今何時なのかももう分からないが。カーテンを開け放した窓の外がもうとっぷりの夜の帳が下がっていたから日が暮れたことぐらいは分かるが。


どうせ秘書の原か何かだろう。俺の様子を心配しに見に来たか……


ピンポーン、と再び報せを受け俺はのろのろと体を起こした。ゆっくりとインターホンモニターに向かい”通話”ボタンを押すと、予想に反して原ではなく、フードを目深に被って顔も判別できない男…?女…?どちらか性別すら分からないが顔がモニターに映し出された。


「はい」


無機質な声で応答すると


『ニッシーフードデリバリーです』と男にしては若干高い、女にしては低めの声が返ってきて、デリバリーサービス?俺は頼んでないが俺が何も食ってないと踏んだ原が気を利かせて頼んでくれたかもしれない。実際、ランチ以降俺は何も口にしていない。俺は何の疑いもなくそのデリバリー配達員に部屋まで来るように開錠した。


扉を開けると、やはりパーカのフードを目深に被った背格好からして………女―――?


俺は目をまばたいた。そのデリバリー要員は食事の入った袋なり箱なりを手にしていなかった。


「柏原 匠美さん?」


さっきはインターホン越しだったからくぐもって男か女かの声の判別も難しかったがよく聞くと、よく透き通った女の声だった。どことなく翆に似ている気がしたが、俺の思い過ごしだろう。翆のことを考えるあまり誰をも翆に重ねてしまう。


翆に―――


女はフードをゆっくりと取り去った。


俺はその女の顔を見て、言葉を失い目を開いた。













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