ジングルベルは、もう鳴らない

第43話 足音

「小笠原さん……」
「樹里。久しぶりねぇ。元気だった?」


 厭味ったらしい口調は、いつ会っても変わらない。クルッと丸まった睫毛。つやつやした肌。綺麗なネイル。何があっても、そういう手入れは怠らない。それが、小笠原香澄という女である。


「千裕、言ったでしょう? もう樹里は別の方向を見てるって。それとも、こそこそ続いてたの? 二人」
「あぁ、小笠原さん。それはない。続いてない。あの時に、きっちり別れたと思ってる。だから今更ね、子供が嘘だったって言われても」
「そう、困るわよね」


 香澄が樹里の気持ちを代弁する。それが千裕の心を逆撫でしたようだった。お前は黙ってろ、と怒り、鋭く香澄を睨み付ける。それに樹里は驚いた。傍で見てきた六年半、彼がこんな風に感情を剥き出しにしたことなどなかったからだ。


「何、本当のことじゃない」
「子供がいるなんて嘘をついて、何なんだよ。一番ついたらいけない嘘だぞ。分かってんのか」
「はぁ。だって、そうでもしないと樹里と別れなかったでしょう? 私はそのきっかけを与えてあげたんじゃない」


 香澄は開き直ったのか、堂々とそう言った。彼女もまた、怒りを孕んでいる。千裕へなのか、樹里なのか。単純に何かが気に入らないのか。どの方向を向いているのかは、まだ見えない。
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