政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
「あ、そっか。例の御曹司に早速おねだりしたんだ」
「おねだりなんて、そんな」
「さすが泥棒猫の娘。取り入るのが上手だわ」
声のトーンを上げたため、行き交う人たちがチラチラと視線を投げかけていく。
その言葉だけを聞けば、悪いのは明花のほうだと思うだろう。憐みとも侮蔑とも取れる眼差しを四方八方から感じて居たたまれない。
オーディエンスを味方につけた佳乃は、さらに声を高くして続けた。
「外に女を作られないようにせいぜい気をつけなさい。あ、でも御曹司のくせになかなか縁談がまとまらないような男なら、その心配は必要ないわね」
最後には高らかに笑い、明花を蔑む。
「貴俊さんは……」
言い返そうとした声は今にも消え入りそうだ。自分のことはいいが、彼を侮辱されたくない。
「え? なに?」
佳乃が〝聞こえないんだけど〟といった様子で自分の耳に手をあてて聞き返す。