政略婚姻前、冷徹エリート御曹司は秘めた溺愛を隠しきれない
「貴俊さんはお義姉様が思っているような人じゃ……」
佳乃から聞いた噂話とは程遠い、優しくて紳士的な人だ。
反論にならない明花の小さな声に、佳乃は噴き出した。
「どっちもどっちだものね。お互いに庇い合って生きていけばいいわ。だけど自分の役目はしっかり果たしてちょうだいね。雪平ハウジングになにかあったらただじゃおかないから」
佳乃は胸の前で腕を組み、明花を刺すように見つめた。
悪意のこもった目に委縮する。子どものときからずっとそう。その目に、言葉に、明花はなす術もない。
悪いのはすべて明花だという刷り込みは細胞の一つひとつに絡みつき、明花の口を閉ざすのだ。それを甘んじて受け入れ、向けられる刃にただただ耐えるだけ。彼女が明花で〝遊ぶ〟のに飽きるのを待つしかなかった。
気が済んだのか、佳乃から発せられる威圧的な空気がふと緩む。明花が密かに安堵したそのとき、彼女は背を向けて歩きだした。
肩を上下させて深く息を吐き出す。佳乃が去った途端、明花を大きく避ける人の波は崩れ、滑らかな流れになった。