888字でコワイ話

第16話「真夏のよかぜ」









なんとなく帰りたくなくて、防波堤で海を見ていた。

だんだん暗くなってきたけど、むっとする暑さに動く気すらしない。



「ほれ、そこの中学生、ぼちぼち家へ帰らんかい」

「親が迎えに来るとこですぅ」

「本当かいな、ぐるっと見回りしたらまた来るでな。そんときまだここにおったら、交番に連れてくでなぁ」

「はあい……」



お巡りさんが自転車で向こうへ走っていった。

しょうがない、行くか。

防波堤を降りて帰り道をとぼとぼ歩いていると、少し先に海を眺めている人影が見えた。

近くまで来たら、こんなど田舎では見たことないようなカッコイイ男の人だった。

絶対ここら辺の人じゃない。

いや、都会から帰ってきた人かも。

自分でも不躾だと思ったけど、じろじろ見ながら避けて通った。


「風はまだかのう」


急にしゃべり出したので、びっくりして足を止めてしまった。

その人がこっちを振り向く。

薄暗い中でも目がきらきらしていて、めちゃくちゃ存在感があった。

うわ、芸能人か。



「風はまだ吹かんか?」

「は……? そ、そうですね……」



確かに今はべた凪で、むわっとした空気が淀んでいる。

強い夜風でも吹いてくれれば、体感温度が下がるはずだけど。

そのとき、急にぶわっと風が吹いた。

まとわりついていた熱のすべてを取り去るように、風が夜を運んできた。

ぐっしゃぐしゃになった髪を撫でつけて顔を上げた。

あれ、あの人は?

さっきまでそこにいた男の人がいなくなっていた。

まさか、海に落ちた?

いやまさか、そんな音しなかった。


でも、もう暗い海には誰かが落ちていてもわからない。

え、えっ、うそでしょ?



「これえ、やっぱり嘘ついたなあ、交番に来んかぁい」

「あっ、お、お巡りさん! 誰か今海に落ちたかも……」

「なっ、なんだとう!?」



その夜、捜索隊が出て、消えた男の人を探した。

けれど、何も見つからなかった。

ドラッグでもやっていたのかと心配され、私は厳しく叱られた。

でも、こんなど田舎でそんなもの買えるわけないし、私の頭が正常だということは自分が一番知っている。

だけど、あのときあの人はあそこにいた。

私はあの人としゃべった。

あの人は多分、夜風だったんじゃないかと、私は密かに思っている。



                                                                         






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