888字でコワイ話

第17話「量子力学にのる」

 






 突然先輩が失踪した。

 宇宙KR教会とかいう妙な宗教にハマったらしい。

 急きょ引き継いだ先輩の常連客に挨拶する。 


「本日カットを担当させて頂きます」


 いつも大正ロマンスタイルですごくおしゃれな人。

 近所の眼鏡屋で働いているらしく、品のいい眼鏡をしている。

 お客様が読みかけの本を開いた。

 ワインバーグ量子力学講義。


「量子力学? 難しそうですね」


 体や地球すらも通り抜けることのできる量子という小さな粒が、どんな動きをしているのかを研究する学問だと教えてくれた。

 私の知能レベルじゃ全くついていけなそう。

 その後すぐに忘れてしまった。





 数カ月後、前触れもなく先輩から連絡が来た。


「宇宙に興味ない? 

 教会では量子力学が学べる上に、誰でも量子を操れる様になるんだ。

 例えば量子を送って、人や動物の心を読める様になる。過去や未来の事や、銀河や宇宙で何が起こっているのかわかるようにもなるんだよ」


 もちろん断った。

 そんな超能力やスピリチュアルっぽい事、普通の人にできる訳がない。

 翌日、眼鏡屋のお客様が来たので、その事を話してみた。

 量子力学はまだまだわかってない事が多く、完全にないとは言い切れない、と言う。

 まさか。

 科学で超常現象や霊感が解明される可能性があるって事?

 信じられないけど、ちょっと驚き。

 量子を操って人の体を通り抜けさせたら、人の気持ちや考えている事が本当にわかるの?





 数日経ったある日、先輩からまた連絡がきた。

 お客様から聞いた話をそのまま先輩に話してみた。

「やっぱり! 

 そうだよ、俺から君に量子を送ったんだ! 

 それで君の理解も深まったんだよ。

 これが量子を操るってことなんだ。

 でも、すごいな。

 こんなに理解度に早いなんて、君は俺より量子を操るのに向いているかも知れない」

 先輩が私に量子力学を使った?

 理解が早い?

 量子を操るのに向いてる? 

 この私が……?





 数週間後、私は家族や友人知人に教えてあげた。


「すごい! こんなにすぐに理解できるなんて、量子を操るのに向いてるんだよ。これが量子力学なんだって!」



 時代はもうここまで来てる。
 
 最先端には乗っておかないと。

 宇宙KR教会の研究は紛れもない本物。

 皆にも早く気づいてもらわなくちゃ。
                                      



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