身代わり同士、昼夜の政略結婚
伺う声音は優しい。

こちらに来たばかりで不慣れなのを理由に待ってくれるくらい、ゆったり構えてもらっている。責められてはいない。


でも、混乱する。


「ベールは、洗顔するときくらいしか、外さなくて……」

「そのように聞いています」


みの虫姫の噂はこちらにも聞こえているらしい。


それはそれで恥ずかしい。

でも、出かけるときも寝るときもつけたままで、入浴時だってほとんどかぶってきたのだもの。


顔が覆われていないと考えるだけで、何だかおそろしく恥ずかしく、目線の置き場がないような、迷子になったような気持ちがする。


「そう、ですよね。みの虫と結婚したなどと言われては、あなたにご迷惑がかかります」

「みの虫だとは思いません。あなたを望んだのは私ですから、迷惑もかかりません。ですが、寂しくは思います」

「さみしい……」


おうむ返しに呟いたこちらを拾って、ええ、と頷いた。


「寂しいですよ」


立ち上がり、近くに膝をついた殿下に、するりと手を取られる。わたくしよりも低い体温は、夜の国特有の、暗がりに似合う温度をしている。


「殿下、」

「あなたは私の婚約者です。布越しでなければよいと、願っても許されると思います」


逃げ損ねた手を、そっと引かれた。


強くはなかった。あくまで優しかった。でも、ふらりと前に倒れ込んだこちらの後頭部を、ベール越しに支えられる。

多分、広い肩口に頭が乗っている、のだと思う。鼻が何か、おそらく肩のどこかに押しつけられている。


こちらの頭を支えるのに片手で事足りる手の大きさばかりが気になって、距離が近くて、知らない花の香りがする。


低い呼吸音は規則的なのに、こちらの呼吸が乱れていく。
< 16 / 65 >

この作品をシェア

pagetop