身代わり同士、昼夜の政略結婚
「ミエーレ殿下」

「……はい」


耳元で声がする。物静かな口調は出迎えてもらったときから変わらず、控えめな音量なのにはっきり聞こえた。


くらくらと、ただ呼ばれただけで、何だか目眩がする。


返事が掠れなかったのはどうしてか分からないくらい、自分一人が混乱している気がする。


熱っぽい吐息を悟られたくなくて、口を結んで空気に溶かす。


「今すぐでなくてよいのです。いつか、ベールのないあなたを見たい。……お願いできませんか」


お願いの形は必要ない。無理に外そうと思えばそうさせられるのに、外せとは言わなかった。


今すぐでなくてよい、だなんて。

いつか、なんて。


この方の誠実さに、向き合いたいと思った。


分けてもらった花瓶に触れる。わたくしは婚約者。アマリリオ王国を代表してこちらに来た、友好の証。


「お言葉に甘えて、わがままを申します。半年、いえ、……一月(ひとつき)いただけませんか」


ふ、と吐息が聞こえる。穏やかに笑った気配がした。


「ありがとうございます。私の愛する国が、あなたにとっても住みやすい場所になることを願っています」
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