お針子は王子の夢を見る
***
「来られなくなっただと?」
エルヴェはフィナールに驚きを向けた。
「作っていたドレスが破けて、布がないそうです。仕立て屋で在庫がないとは思えませんが」
「このタイミングは何かあったとしか思えん。こちらで用意してやろう」
それは甘やかし過ぎでは。
フィナールは、だが、言うのをやめた。珍しくエルヴェがこだわっているのだ、たまにはわがままを通してやるのもいいだろう。
「仰せのままに」
彼は恭しくお辞儀をした。
***
ルシーが驚愕したのは三日後だった。
出勤したらすでにみんな来ていて、マノンが持つ布を興奮気味に見ていた。
「おはようございます」
ルシーが声をかけると、マノンはきらきらした目を彼女に向けた。
「見てご覧よ!」
棒状に巻かれた薄緑の布を示して彼女は言う。
「天蚕だよ!」
「え? どうしてここに!?」
天蚕は貴重なものだ。東洋にしかいないヤママユガの蚕からとれる。養殖ができる蚕と違い、天然しかない。それからとれた糸は緑がかっていて美しい。普通の絹の100倍以上の値段がする。触ってみると、一般の絹よりも軽やかだった。ツヤツヤと光沢があって滑らかで、染めよりも自然な柔らかい緑が爽やかだ。
「下賜されたんだよ、王子殿下から。これでドレスを作って舞踏会に来いってことさ」
ルシーは言葉をなくした。そんな夢みたいなこと、あるんだろうか。招待状が来ただけで、それだけで一生分の運を使い果たしたと思ったのに。
「ダメですよ、そんな高価なもの!」
「ここまでしてもらって断れるもんかい。それにこんな上等な生地を前に怯んでちゃ、末代までの恥だよ。仕立て屋の腕が鳴るってもんだ」
「でも……」
「欠席で印象が悪くなって仕事が来なくなったらどうしてくれるんだい。あちらはあんたをお呼びなんだから」
マノンはからからと笑った。
「今からじゃ時間が……」
「あら、大丈夫よ」
同僚がにこっと笑う。