お針子は王子の夢を見る
 舞踏会当日、ルシーは早めに仕事を終え、マノンに手伝ってもらって着替えた。
 髪は流行に合わせて高く結い上げ、布の薔薇を飾った。化粧もしてもらった。

「赤い髪に白い薔薇が映えて見事だこと。緑が優しいわね。貴族のご令嬢にひけをとらないわ。いいえ、それ以上よ!」
 マノンは受けあった。
 店にはときおり貴族の令嬢もくる。マノンは店長として何度も接客している。
 そのマノンが言ってくれるのだから、お世辞でもうれしかった。

 仕上げに、とマノンはバルブボール付きの香水瓶を手に取った。ガラスのボトルの上部に、小さな風船のようなポンプがついている。そのポンプ部分を押してシュシュっとかけてくれた。
薔薇水(ローズウォーター)よ」
 ふんわりと薔薇が香り、ルシーの気分は高揚する一方だった。

 迎えの馬車にはフィナールがいた。
 彼に連れられて会場に入る。
 そのときには彼と腕を組むことになり、どきどきした。
 父より上の年齢ではあるが、男性と腕を組んで歩いたことなどなかったし、貴族の令嬢になったみたいでますます気分は(たかぶ)った。

 会場は広く、華やかだった。
 水晶のシャンデリアが輝き、贅沢に使われた窓ガラスがそれを反射する。
 金で装飾された白い壁、大理石の硬い床。天井に描かれた神話の絵もまた見事だ。

 会場についてすぐ、フィナールは仕事があるからとルシーを置いて去った。
 一人ぼっちになったルシーは、急に心細くなった。
 会場で談笑する令嬢や紳士たち。
 誰も自分には見向きもせず、華やかな空間からつまはじきにされた気分になった。
 みな、流行に沿った装飾が過剰な衣服を身に着けていた。リボン、フリンジ、ひだ飾り。

 比べてみると、自分のドレスはかなりシンプルに見えた。
 やはり自分は場違いなんだ、とルシーは壁に寄った。
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