お針子は王子の夢を見る
 でも、せっかくだから、と彼らの服を一生懸命に眺めた。
 あれは外国産の生地を使っているわね。織り方が独特だわ。
 あちらはケルシー工房のドレスね。デザインが特徴的だもの。
 あの刺繍、斬新だわ。ビーズはどうやってつけているのかしら。
 見るだけで勉強になる、と懸命に見つめた。

 そして、こっそりと王子を探した。
 衣装はしっかり記憶している。何と言っても自分が作ったのだ。
 だが、どこにもその衣装を着た人物はいなかった。
 王子は欠席なのだろうか。
 そう思ったとき。

「王太子殿下のご来臨!」
 入口から声がかかった。
 ホールの人たちが一斉に頭を下げる。
 慌ててルシーも頭を下げた。

 扉が開かれ、さっそうと男性が現れた。
 彼は上座に(しつら)えられた台座の椅子に腰掛けた。
 と同時にみなが顔を上げた。

 ルシーも顔を上げて彼を見る。
 どきどきした。
 彼はルシーが作った衣装を身に着けていた。光沢のあるグレーの生地に、絹のシャツを合わせている。クラヴァットを止めるピンの宝石はサファイアだろう。
 よく似合っている、とルシーは見惚れた。
 金髪は絹糸よりも滑らかそうだ。サファイアよりも青い瞳が、シャンデリアの明かりにきらめいている。

「みな、今宵は存分に楽しんでくれ」
 声がかかると、楽隊の指揮者が腕を振り上げた。
 陽気な音楽が流れ、男女が手を取り合って踊り始める。
 舞踏会なんだ、と今さらながらに思った。

 一曲目が終わる頃、フィナールが王子に何かを耳打ちするのが見えた。
 王子の顔がこちらを向いた。
 ルシーはどきどきした。
 王子は席を立ち、優雅に歩き始めた。
 彼はどんどん自分に近づいてくる。

 まさか、そんな。
 身動きできずにいると、王子は彼女に手を差し出した。
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