お針子は王子の夢を見る
「一曲、踊っていてただけますか?」
 ルシーは愕然と彼の顔を見た。王子は笑みを浮かべ、ルシーを見つめている。
「私、ダンスなんてしたことないんです」
 できるだけ丁寧な言葉を選び、ルシーは言った。

「大丈夫、俺に合わせればいいだけだ」
 王子はルシーの手をとって、踊りの輪にひっぱりこんだ。
 曲が終わり、踊っていた人たちは一斉に散って、王子を囲んでお辞儀をした。

「俺はエルヴェ。あなたは?」
「ルシーです」
「ルシー、いい名だ」
 エルヴェはポウアンドスクレープでお辞儀をした。よくわからず、ルシーはお辞儀を返す。
 彼は彼女の腰に手をまわし、片手で彼女の手を持ち上げた。

「君も同じようにして」
 言われて、おずおずと彼の腰に手を回す。
 男性とこんなに密着するなど初めだ。鼓動がいやがおうにも早くなる。
 おかみさんが薔薇水をかけてくれて良かった、とルシーは思った。

 曲が始まった。
 エルヴェはルシーを前後に、左右に、リードする。
 一小節を過ごすと、周囲を囲んでいた人たちが踊りだした。

「ずっと君に会いたいと思っていた」
 青い瞳に見つめられ、ルシーは胸の高まりをおさえられない。

「思っていた以上に、君はかわいい。暮照(ぼしょう)のように燃える髪、春宵(しゅんしょう)のような紺碧の瞳。君が舞踏会への欠席を伝えてきたときは胸が張り裂けそうだった」
「会ったこともございませんのに……」

「君は? 俺のことを少しでも気にしてくれていた?」
「私は……」
 ずっと気にしていた。
 きっと素敵な方なのだろう、と思っていた。
 想像していた以上にきらびやかで美しかった。見ているだけで、胸がいっぱいだった。

「お会いできて、光栄でございます」
 目を伏せて、ようやくそれだけを言えた。
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