お針子は王子の夢を見る
「ああ、もう曲が終わってしまう」
 優雅にターンして、エルヴェは名残惜しそうに言った。
「また会えるね?」
「それは……」
 なんと言っていいかわからなかった。王子としての命令ならば逆らえないが、平民である自分が彼ともう一度会うなど、恐れ多い気がした。
 考えていたせいか、つまずいた。

「あ!」
 どて! と派手に転んでしまった。
 きゃあ! とどこかの令嬢が声を上げた。

「大丈夫か?」
「大丈夫です……」
 エルヴェに助け起こされる。
 と、どこからかくすくすと笑い声が聞こえてきた。

「ご覧になって? 下手くそなステップ」
「殿下がおかわいそう」
 (さげす)む言葉に、頬がかあっと熱くなった。
 エルヴェがにらむと、令嬢たちはすぐに口をつぐんだ。

「私、失礼いたします!」
 叫んで、ルシーは走り出した。
「待って!」
 エルヴェはとっさに追おうとする。

「いけません」
 フィナールはすぐに彼を止めた。
「彼女の帰る先はわかっているのですから。この場のことをお考えください」
 エルヴェは悔しく唇をかむ。

 ふと見ると、床に一輪の薔薇が落ちていた。布で作った造花の薔薇。
「彼女の髪についていたものか」
 そっと拾い上げる。と、かすかに薔薇の香りが漂ってきた。
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