お針子は王子の夢を見る

***

 ルシーは馬車に送られて家に帰った。
 夢のような一夜だった。
 一生の思い出だ。
 ふと、髪を飾る薔薇がなくなっていることに気がついた。

 偽物の薔薇だ、と服の造花を見て思う。
 自分は今宵だけの偽物だ。本物の令嬢ではない。
 いい夢を見たのだ。これを支えにして、これからもがんばろう。
 そう思って扉を開けて、ルシーは愕然(がくぜん)とした。

 家の中が荒れ果てていた。
 鍋がひっくり返り、床を汚していた。カップが割れ、木の椀や皿が転がり、スプーンや木のへらが散らばっていた。
 真ん中で、母が泣きながら座りこんでいた。マノンは困ったようにその背を撫でている。

「おかえり。ほら、ちゃんとルシーは帰ってきたよ」
 シェルレーヌが顔を上げた。光のない目が彼女を捉え、見開かれた。
 ばっと立ち上がり、ルシーを抱きしめる。
 シェルレーヌは何も言わず、嗚咽(おえつ)()らしてぎゅっとルシーを抱きしめる。

「さっきまで、置いてかれた、って泣いていたんだよ。ちゃんと戻ってくるって言っても納得してくれなくて」
「ごめんね、お母さん」
 謝って、ルシーは母の背を撫でる。
「ちゃんとここにいるから。もうどこへも行かないから」
 ルシーは理解した。

 ドレスを破いた母は、あれを着てルシーが遠くへ行ってしまうと、なぜかそう思い込んだのだ。ドレスがなければどこへもいかない。行ってほしくない。そう願う気持ちがうまく表現できなくて、母は破いてしまったのだろう。

「絶対に置いていかないから」
 シェルレーヌはただ泣いていた。が、ふとルシーのドレスを見た。
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