お針子は王子の夢を見る
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ルシーは馬車に送られて家に帰った。
夢のような一夜だった。
一生の思い出だ。
ふと、髪を飾る薔薇がなくなっていることに気がついた。
偽物の薔薇だ、と服の造花を見て思う。
自分は今宵だけの偽物だ。本物の令嬢ではない。
いい夢を見たのだ。これを支えにして、これからもがんばろう。
そう思って扉を開けて、ルシーは愕然とした。
家の中が荒れ果てていた。
鍋がひっくり返り、床を汚していた。カップが割れ、木の椀や皿が転がり、スプーンや木のへらが散らばっていた。
真ん中で、母が泣きながら座りこんでいた。マノンは困ったようにその背を撫でている。
「おかえり。ほら、ちゃんとルシーは帰ってきたよ」
シェルレーヌが顔を上げた。光のない目が彼女を捉え、見開かれた。
ばっと立ち上がり、ルシーを抱きしめる。
シェルレーヌは何も言わず、嗚咽を漏らしてぎゅっとルシーを抱きしめる。
「さっきまで、置いてかれた、って泣いていたんだよ。ちゃんと戻ってくるって言っても納得してくれなくて」
「ごめんね、お母さん」
謝って、ルシーは母の背を撫でる。
「ちゃんとここにいるから。もうどこへも行かないから」
ルシーは理解した。
ドレスを破いた母は、あれを着てルシーが遠くへ行ってしまうと、なぜかそう思い込んだのだ。ドレスがなければどこへもいかない。行ってほしくない。そう願う気持ちがうまく表現できなくて、母は破いてしまったのだろう。
「絶対に置いていかないから」
シェルレーヌはただ泣いていた。が、ふとルシーのドレスを見た。